鍼灸臨床における問診の意義 /鍼灸師:村橋 昌樹

今回の学びは「問診」がテーマです。

問診は、安全な鍼灸臨床をおこなう上で非常に重要な役割を果たします。
今回も埼玉医科大学病院 東洋医学科の村橋 昌樹(むらはし まさき)先生に執筆をお願いしました。

いただいた原稿を、ハリトヒト。編集部が対談形式に再構成しています。

村橋 昌樹(むらはし まさき)先生

略歴
2014/3 東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科 卒業
2014/4 素問堂鍼灸室 入社
2016/3 素問堂鍼灸室 退社
2016/4 福島県立医科大学 会津医療センター 漢方医学講座 入職
2019/3 福島県立医科大学 会津医療センター 漢方医学講座 退職
2021/3 自治医科大学大学院 医学研究科 緩和医療学専攻 修士課程修了
2021/4 埼玉医科大学病院 東洋医学診療科 入職
2026/4 埼玉医科大学大学院 医学科 神経内科学専攻 入学
現在に至る

問診の重要性

今回は問診がテーマです。鍼灸師は問診をどう位置付ければよいのか気になっています。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
問診は医学的診断においてとても重要です。ただし、診断は医師が担う役割で、鍼灸師は診断を確定する立場ではないんですよね。
そこですよね。でも、「どこの筋に問題があるか」とか「この症状なら○○穴に刺鍼しよう」といった鍼灸をおこなう範囲での判断はしますよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
だから鍼灸師も学生の頃から解剖学、生理学、臨床医学総論・各論など、基礎医学・臨床医学を学びます。患者の症状や身体所見を医学的知識に基づいて考えることは、鍼灸師の教育において重要です。
実際の鍼灸臨床では、どんな想定がされますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
例えば、糖尿病を併存する患者が「心窩部がなんとなくもやもやする。特に歩いていると出てくる気がする。冷や汗や吐き気も出る、もともと下痢をしやすい体質です」と訴えて来院したとします。どのように対応しましょうか。
東洋医学的に脾気虚と考えて鍼灸治療を検討するかもしれません。でも、なんか嫌な予感もします。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
その予感は大切です。本当に「その患者に鍼灸をおこなってよいか」考えることが、安全な鍼灸臨床をおこなう上で重要になります。

安全な鍼灸臨床をおこなう上で考えること
・患者さんの主訴は何によって生じている可能性があるのか
・見逃してはいけない病態はないか
・鍼灸治療を開始してよい状態なのか

病歴、身体診察、臨床検査は診断にどのように寄与するのか

村橋先生
村橋先生
問診と基本的な診察などの情報から病気を推定することを臨床推論といいます。
鍼灸師は基本的に、問診や身体診察などのベッドサイドで得られる情報がすべてになりますよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
血液検査や画像検査など、自らおこなうことのできない検査もあります。それでも臨床推論は可能なのか、もし可能だとすれば、鍼灸師にはどのような医学知識や問診・身体診察の能力が必要なのか考えていきます。
よろしくお願いします。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
この問題を考えるうえで、Petersonらの研究を紹介します1)。

Petersonらは80人の内科外来患者を対象に、病歴、身体診察、臨床検査が診断にどの程度寄与するかを前向きに検討しました。
4人の内科医がそれぞれ1)病歴聴取後、2)身体診察後、3)臨床検査後の3つの時点で診断への確信度を1~10点で評価しました。
その後、初診から2か月以上経過した時点で患者記録を再検討し、その時点での診断を最終診断として、各段階で判断された診断との一致度と確信度を評価しました。
その結果、80例中61例(76%, 95% CI 65.6–85.9)では、病歴聴取後の診断が2か月後の確定診断と一致しました。
また、80例中70例(88%、95% CI 79.8–95.2)では、病歴聴取終了時点ですでに最終診断が鑑別診断リストに含まれていました。
最終診断と一致した時点を段階別にみると、
61例(76%)では病歴聴取後の診断が最終診断と一致した
10例(12%)では身体診察後の診断が最終診断に到達した
9例(11%)では臨床検査後の診断が最終診断に到達した
さらに、正しい診断に対する医師の確信度は、病歴聴取後の7.1から、身体診察後には8.2、臨床検査後には9.3へと段階的に上昇しました。

Petersonらの研究を鍼灸師にどう当てはめるか

村橋先生
村橋先生
Petersonらの研究では、病歴が診断において極めて重要な情報源であることから、それのみで診断候補をかなりの程度まで絞り込むことができ、その後の身体診察や検査によって診断に対する確信度を高めることができることが示されました1)。
特に、最終診断に至るための主要な情報の大部分が病歴+身体診察の段階ですでに得られていたことは我々にとって重要な知見です。
鍼灸師がベッドサイドで得られる情報だけでも、高い精度で臨床推論ができるということですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
確定診断にはさまざまな検査が必要だと思います。しかし我々は確定診断をする必要はありません。鍼灸師にとって重要なのは、患者さんの症状が命の危険のある疾患かどうか、鍼灸の適応があるかを判断できればいいのです。
本当にこの患者に鍼灸治療をおこなっていてよいのか、医療機関の受診を優先させなくて大丈夫か……。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
例えば、先ほどの患者さんであれば、鍼灸師が心電図や心筋トロポニンなどの検査を実施できなくても、「労作時に出現する心窩部のモヤモヤ+冷汗+悪心+糖尿病という背景から、狭心症や心筋梗塞を含む重大な循環器疾患を除外できない」と判断することはできます。

・心窩部の違和感
→ 消化器疾患だけでなく、心筋虚血などの循環器疾患でも生じるため、症状の部位だけから消化器疾患と判断することはできない。
・労作で誘発される
→ 循環器疾患(特に虚血)や呼吸器疾患を疑う重要な情報
・冷汗・吐き気
→ 冷汗や吐き気は自律神経反応を伴う症状であり、心筋虚血などの循環器疾患や、消化器疾患でも生じることがある。
・糖尿病の併存
→ 心血管疾患の重要なリスク因子かつ糖尿病性自律神経障害などを背景として、心筋虚血が典型的な胸痛ではなく、非典型的な症状(モヤモヤなど違和感)として現れる可能性もある2)

村橋先生
村橋先生
上記により「この患者は自分の対応範囲を超えている」と判断し、医療機関で適切な評価を受けるようにつなげることが可能になります。
西洋医学的な視点で臨床推論せずに「これは脾気虚でいく」と鍼灸治療を開始するのは危険なケースだったということですね。
ゆうすけ
ゆうすけ

「Dual Process Theory」と「Hypothetico-deductive reasoning」

鍼灸師は実際どのように臨床推論をおこなうとよいでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
臨床推論を理解するための代表的な枠組みの一つに、Dual Process Theory(二重過程理論)があります3)。これは、人間の判断や意思決定には、大きく分けて2つの異なる認知過程が関与するという考え方です。診断学でもよく言われる理論ですが、日々の臨床でおこなわれている弁証でも知らず知らずのうちにこの理論を使っているのではないかと考えられます。
2つの異なる認知過程というのは……。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
System 1は、迅速で直感的な思考です。過去の経験や知識に基づいて、患者の症状や身体所見を既知のパターンと照合し、比較的短時間で判断します4)。
一方、System 2は、より時間をかけて意識的・分析的に考える思考です。複数の可能性を比較し、情報を整理しながら仮説を検証していきます。
それぞれ特徴がありそうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
熟練した医療者ほど、典型的な症例では豊富な経験を通して蓄積された“疾患の知識構造”(illness script)を利用してSystem 1による迅速なパターン認識をおこなうことができます5)。
例えば、鍼灸臨床で患者から「疲れやすくて」「息切れして」「食欲なくて」「軟便が続いている」と聞けば、東洋医学的な知識を持つ鍼灸師は、これまでの経験から「脾気虚」などの病態を直感的に想起するかもしれません。これは、経験や知識に基づくパターン認識、すなわちSystem 1として理解できます。
確かに、弁証でも患者さんの話を聞いたときに、これまでの経験から「この証ではないか」と直感的に感じることがあります。それがSystem 1ということですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
このようにSystem 1による直感的なパターン認識は時間のない臨床家にとって重要ですが、それだけに依存することには危険もあります。特に、典型的なパターンに当てはまらない患者や、重大な疾患が隠れている可能性がある場合には、System 2によって一度立ち止まり、別の可能性を検討する必要があります。
臨床でもそういう順序かもしれません。直感から入って、違和感や結果から、再検討しているように思います。System 2はどのような思考をするのですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
System 2による分析的な臨床推論を説明する代表的な手法として、仮説演繹法(hypothetico-deductive reasoning)があります。
これは、患者から得られた情報をもとに、多くの鑑別疾患を挙げた中で仮説を形成し、その仮説が正しいとすればどのような所見が予想されるかを考え、追加の問診、身体診察、検査などによってその仮説を検証・修正していくという推論過程です。

例)先ほどの患者
・情報を得る:「糖尿病がある」「心窩部がもやもやする」「冷汗や吐き気を伴う」
・多くの鑑別疾患を挙げ、仮説を立てる「機能性胃腸症や胃潰瘍、虫垂炎の初期、もしかしたら心筋梗塞の可能性があるのではないか」
・追加情報を集める:「症状は安静で軽快するのか」「どの程度の労作で出現するのか」「症状は以前より増悪しているのか」「呼吸困難や放散症状はないか」などを確認する
・仮説を更新する:「労作時に発生する心窩部の不快感が主訴。糖尿病が併存症であれば非定型な心筋梗塞の可能性を否定できない」

System 1とSystem 2の使い分け

System 1 System 2
性質 直感的・非分析的 分析的・意識的
処理速度 速い 遅い
臨床家への負担 小さい 大きい
特徴 パターン認識、経験・知識に基づく
(経験が必須)
仮説の比較・検証、論理的分析
(知識があれば初学者でも可)
臨床例 「この症状はいつもの筋・筋膜性疼痛らしい」 「本当に筋・筋膜性疼痛だけで説明できるか?」
適した状況 典型的・よく経験する症例 非典型的・複雑・不確実な症例
注意点 認知バイアス、アンカリングによって誤った結論に至る可能性がある 時間・認知的負荷が大きい

 

臨床推論を助けるいくつかの原則

村橋先生
村橋先生
臨床推論では、仮説を形成するときに、いくつかの経験則や原則が用いられます。その一つが、”Common things are common”(よくあるものは、よくある)という考え方です。頻度の高い疾患は、まず鑑別に挙げるべきであり、いきなり稀な疾患を想定する必要はありません。
そうですよね。いつもレアなケースまで想定していては臨床が成り立たないです。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
一方で、鍼灸臨床では、頻度だけでなく、見逃した場合の重大性も考慮する必要があります。頻度が低い疾患であっても、見逃すと生命に関わる疾患であれば、鑑別から安易に外すことはできません。
いわゆるRed flagですね。同時に慎重さも大切ということでしょうか。奥が深いです。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
その他に有名なのはOccam’s razor(オッカムの剃刀)とHickam’s dictum(ヒッカムの格言)です。
Occam’s razor(オッカムの剃刀)というのは?
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
複数の症状が一つの疾患によって合理的に説明できるのであれば、まず単一の疾患による説明を考えるという考え方です。例えば、比較的若く、これまで大きな既往歴のない患者に複数の症状が同時に現れた場合、それぞれを別々の疾患として考える前に、「一つの病態ですべてを説明できないか」と考えることが役立ちます。
Hickam’s dictum(ヒッカムの格言)というのは?
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
患者は複数の疾患を同時に有し得るという考え方です。特に高齢者では、糖尿病、高血圧、心血管疾患、変形性関節症など、複数の疾患が併存していることも珍しくありません。そのような患者で複数の症状がある場合には、「すべてを一つの疾患で説明しようとしていないか」と考え、複数の病態が同時に存在する可能性にも目を向ける必要があります。
つまり、Occam’s razorとHickam’s dictumは対立する考え方ではないってことですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
その通りです。一つの病態ですべて説明できないかを考える一方で、無理に一つの疾患にまとめず、複数の疾患が併存している可能性にも目を向ける。この両方の視点を持つことが臨床推論では重要です。6)

鍼灸師にとっての臨床推論(まとめ)

臨床推論とは、患者から得られた情報から仮説を立て、必要な情報を集めながらその可能性を評価し、医療者として適切な次の行動を判断するための思考過程です。
鍼灸師にとって重要なのは、診断を確定することではなく、「何が考えられるのか」「見逃してはいけない病態はないか」「自分の対応範囲を超えていないか」を判断することです。
そのためには、
1)情報を集める
・まず、問診や身体診察によって得られる情報を十分に集めます。
2)仮説を形成する
・得られた情報をもとに、経験やパターン認識を利用して迅速に仮説を形成するSystem 1を働かせます。
3)一度立ち止まって再検討する
・特に、患者の臨床像に違和感がある場合や、見逃してはいけない病態が疑われる場合には、System 2を用いて複数の可能性を比較・検討し、仮説を再評価します。
4)臨床推論を助ける原則を利用する
・頻度の高い疾患をまず考えること、Red flagを見逃さないこと、さらにOccam’s razor(オッカムの剃刀)やHickam’s dictum(ヒッカムの格言)などの原則も、鑑別を考える際の手がかりとなります。

鍼灸師にとっての問診の位置付けや診断について考える機会になりました。
ゆうすけ
ゆうすけ
村橋先生
村橋先生
診断をおこなわないことは、考えないことではありません。限られた情報から患者の状態を適切に評価し、必要に応じて医療機関につなぐことこそが、安全な鍼灸診療における臨床推論の重要な役割と考えます。

参考文献
1.Peterson MC, Holbrook JH, Von Hales D, Smith NL, Staker LV. Contributions of the history, physical examination, and laboratory investigation in making medical diagnoses. West J Med. 1992;156(2):163-165. PMID: 1536065.
2.Langer A, Freeman MR, Josse RG, Steiner G, Armstrong PW. Detection of silent myocardial ischemia in diabetes mellitus. Am J Cardiol. 1991 May 15;67(13):1073-8. doi: 10.1016/0002-9149(91)90868-l. PMID: 2024596.
3.Croskerry P, Singhal G, Mamede S. Cognitive debiasing 1: origins of bias and theory of debiasing. BMJ Qual Saf. 2013 Oct;22 Suppl 2(Suppl 2):ii58-ii64. doi: 10.1136/bmjqs-2012-001712. Epub 2013 Jul 23. PMID: 23882089; PMCID: PMC3786658
4.Norman G. Research in clinical reasoning: past history and current trends. Med Educ. 2005;39(4):418-427. doi:10.1111/j.1365-2929.2005.02127.x.
5.Schmidt HG, Rikers RM. How expertise develops in medicine: knowledge encapsulation and illness script formation. Med Educ. 2007 Dec;41(12):1133-9. doi: 10.1111/j.1365-2923.2007.02915.x
6.Aberegg SK, Poole BR, Locke BW. Hickam’s Dictum: An Analysis of Multiple Diagnoses. J Gen Intern Med. 2024. doi:10.1007/s11606-024-09120-y.
文・図 = 村橋 昌樹
編集・撮影= ツルタ
(2026.10.26.公開)
akuraku3.jpg

関連記事

  1. お灸と温度の話/鍼灸師・医学博士:三村 直巳

  2. うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ 中編/鍼灸師・博士(鍼灸学):松浦悠人

  3. うつ病の鍼灸治療と臨床研究のススメ 前編/鍼灸師・博士(鍼灸学):松浦悠人

  4. 脳画像研究で鍼治療の予後を予測する/鍼灸師・博士(医学): 石山 すみれ

  5. お灸のこれまでとこれからの話/鍼灸師・医学博士:三村 直巳

  6. 血液脳関門に鍼灸刺激が与える影響について/鍼灸師・博士(鍼灸学):山﨑 翼