鍼灸師として多職種と連携するということ/穴田 夏希・建部 陽嗣

病院では、人として、鍼灸師として、信用されていなければいけないんですよ

一方の建部先生はどういった経緯で鍼灸師になられたんでしょうか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
あ、僕? 僕は医学部に行ってたんで…。
ええええ。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
「ええええ」でしょ(笑)。
「ええええ」ですね(笑)。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
僕は実家がお寺で、次男で。親に家を絶対に出ないといけないって言われていたので、小さい頃から「手に職をつけよう」と思っていたんですよ。
穴田先生
穴田先生
建部さん、医者って「手に職」の究極系みたいな職業ですよ(笑)。
建部先生
建部先生
高校時代に「医学部を目指してさえいれば、最終的にはどの学部にも行けるでしょ。で、なりたいものになれるでしょ」と思っていて、そのまま勉強をして、医学部を受験したら受かっちゃったって感じ(笑)。
穴田先生
穴田先生
憎たらしいな(笑)。
建部先生
建部先生
あはは(笑)。でも、医学部に行きたかったわけではなかったし、お医者さんの現実も知らなくて、勉強が続かなかったんです。
だから、僕は鍼灸師になりたくて医学部をやめたのではなく、落ちこぼれてやめちゃったタイプなんです。
当時の友人曰く「融通がきかない」って(笑)。
なにか象徴的なエピソードがあったんですか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
たとえば小児科の試験のときに「虐待を疑われる児童が来院した。どうするべきか」という文章があって。僕は「この子を守るためなら、絶対に警察に通報するべきだ!」って主張して。
もちろん養育者とか、いろいろあるんだけどさ。
そこの正義感が違うせいで先生と議論しちゃって。
正義感でやめちゃうのもスゴイですね。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
で、やめたらやめたで、どうしようって(笑)。
別の大学の哲学科の編入試験に受かったんで、哲学を勉強しようかなと思っていたんだけど、よく考えたら、医学部であれだけ解剖学をしたり、ご献体で学ばせていただいたのに、この知識を活かさないのって、もったいないんじゃないか?と。
で、中学生時代に鍼灸治療を受けたときに「説明がつかない世界があるんだな」と感じた鍼灸のイメージが、ある種、哲学的だなと思うようになって、それで、明治鍼灸大学を受験したら受かったって感じです。
実際、鍼灸大学の勉強はどうでしたか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
これがさ、東洋医学を受け入れられなくって。
なんとか渡邉 勝之(わたなべ かつゆき)先生のところで勉強して、ちょっとわかるようになった、という感じですかね。
建部先生はパーキンソン病の専門家としてご活躍されていますが、専門を選択されたのは在学中ですか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
そうですね。在学中にパーキンソン病と出会ってから、鍼灸のイメージが変わりました。
「難病に鍼が効くってワケわからんなぁ…」と思いながら、江川 雅人(えがわ まさと)先生のゼミに入って勉強して。
そのときに初めて「世の中に鍼灸が役立つ分野がある」と感じたんです。
初めて、ですか。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
正直、当時の僕は整形外科の分野では鍼灸の出番は無いと思っていて。
他の医療職、たとえば理学療法士がいるし、飲み薬や湿布薬があるし、運動すれば治るものも多いから、鍼灸じゃないといけない価値があるのか?と。
なるほど…(汗)。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
でも、神経難病という分野に出会って「あ、これは患者さんに鍼灸をする意味があるぞ」と思って。
うんうん。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
正直「この先、鍼灸をやっていけるのかな?」と思っていた矢先のことでした。
方向転換したんですね。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
幸運なことに、僕の場合は研修で京都駅前鍼灸センターでパーキンソン病患者さんの経過をずっと診ることができたんですよね。
大学4年生の頃には「鍼灸はこんなに患者さんを幸せにできる技なんだな」って気付いて、もう少し勉強がしたくなって、そのまま大学院に進学しました。
で、大学院でパーキンソンをずっと研究するうちに「これくらいの効果がある」とわかりはじめたんですけど、それ以上を目指すとなったら、脳神経内科で病気の機序をもっと勉強しないといけなくて。
その後、京都府立医科大学の大学院に進み、最終的に医学博士を取りました。
専門性を突き詰めていく姿勢がハンパないです…。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
ただ、自分は鍼の研究がしたいと思って行ったんですけど、現実的に治療としてはできないんですよ。
だからといってやめるのは癪だし、患者さんのためにはなりたいし。
もちろん医局の利益になるようなことをしないといけないのはわかっていたので、葛藤はありましたよ。
実際は鍼ができる環境じゃなかったと…。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
でも、4年間一生懸命がんばっていたら、大学から残ってくれと申し出があって、その後は脳神経内科の特任助教という形でスタッフになりました。
その頃から上の先生方に「君は鍼灸師だから鍼やってみるか?」と言ってもらえるようになったんです。
鍼が認められたという感じですか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
鍼が認められた、というよりは、研究者として、スタッフとして、僕が認められたのかな、と思います。
神経難病しか診ていない先生ばかりなので「効けばなんでも良いよ」という雰囲気だったのもあって。
それでも、外来ができるまでに3年はかかりました。
3年って、けっこうな期間ですよね。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
「鍼外来をやりたい」と病院の幹部会議に書類を提出しても、うやむやに消えていくんですよね。
誰も反対はしないんだけど、書類にハンコを押されないっていう。
生殺しですね…。3年目にようやく認められたんですか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
いや、実は3年目のころに、当時の学長が腰の病気で手術しないといけない状態になられたんですよ。
でも忙しいから手術を受けるのは難しくていらっしゃって。
「じゃあ、学内にいる鍼灸師に診てもらったらどうか」という話になって、僕が毎日学長室に通って鍼治療をする、ということになったんです。
急展開ですね。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
じゃあ、なんと、学長の間欠性跛行が…
おおっ?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
取れたんですよ。その結果、手術は回避して。
穴田先生
穴田先生
建部さん、持ってるよなぁ…。
持ってますねぇ…。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
そしたら、学長が「なんで君はこれを病院でやらないの?」と聞いてきて(笑)。
書類は出しているはずなのに(泣)。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
そうそう(笑)。で、「ずっと書類を出してるんですが、認可が下りないんです」と伝えたら、鍼外来を開設できるようになったんです。
穴田先生
穴田先生
こんな展開、普通ないでしょ(笑)。
たしかにキャリアパスやモデルケースという意味では特殊すぎて、真似はしにくいですが…(笑)。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
あはは。まぁ、とにかく、すごく大切なのは「人として、信用してもらう」ってことです。
病院では、人として、鍼灸師として、信用されていなければいけないんですよ。

「この人と一緒に働きたい」と思わせる人間でないと、病院のチームの一員になることは難しい

「開業」か「鍼灸整骨院」か「弟子入り」か。
鍼灸の学校を卒業したあと、進路はこれらの3つの選択肢しかない、と思っていたわたしにとっては、先生方の「他の職種の方々と連携して、病院やクリニックで勤務する」というお話はすごく興味深かったです。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
うんうん。
建部先生
建部先生
あまり聞けないもんね。
ただ、病院勤務という選択肢があると知ったところで、卒後すぐに病院で働けるイメージを持てるかというと、正直難しくて…。
実際、病院で勤務できるほどのノウハウや技術を学校で身につけるということは可能ですか?
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
そうですね…難しいなとは思います。
ノウハウや技術はもちろん不足していますが、臨床実習が圧倒的に足りていません。
たしかに実習の時間は短いですよね。学校内の治療院という、いわば守られた施設だと、臨床経験という意味でも足りない気がします。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
看護師や理学療法士が卒後すぐに病院に勤務できるのは、学生時代の臨床実習の制度がしっかりしているからです。
実習をとおして経験を積むのはもちろんですが、カルテやレポートを書く中で得られるものも大きいんですよ。
建部先生
建部先生
あと大切なのは、先ほども話したように、一緒に働きたい人物かどうか、という点ですね。
挨拶ができるか。体力があるか。粘り強いか。責任感があるか。謙虚か。仕事が早いか。報告が適宜できるか。利他的か。共感できるか。チームの中で上手く働くことができるか。
これらは組織の中で働く上で、すごく基本的なことなんですよね。
穴田先生
穴田先生
鍼灸師はここが苦手な人が多いですよね。
ほかの職種であれば、その点の大切さを臨床実習で学ぶことができるし、身につける機会があるけど、鍼灸師は足りていないんです。
建部先生
建部先生
そうです。実際「この人と一緒に働きたい」と思わせる人間でないと、病院のチームの一員になることは難しいです。
鍼灸師が病院で働きたいと思うのであれば、どこの学校を出ているとか、学校のときの成績の良し悪しはまったく関係なくて。
「この人と一緒に働きたい」と思ってもらえるような人材になれば、可能だと思っています。

他の医療職との価値観が違いすぎるんですよ

ちなみに理学療法士の学校の実習について、穴田先生はどんな思い出がありますか?
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
実際、実習って厳しいですよ。1日中立ちっぱなしだし、レポートも書かないといけないし。
実習が終わってから、ようやく国家試験の勉強ですから。
そういえば、ぼく、理学療法士の実習のときに怒られたことがあって。
というのは?
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
ぼくはそのときすでに鍼灸師と柔整師の資格を持っていて、鍼灸整骨院で雇われ院長をしていた頃で。
なんにも考えてなかったとは思うんですけど、どこかで患者さんに対して「先生」のような雰囲気を出そうとしていたみたいで。
建部先生
建部先生
あー、患者さんと先生の関係性を作っちゃうのね。
穴田先生
穴田先生
そうそう。実習で患者さんの症状の評価をしましょうというときに、いつもどおり患者さんに接していたら、座り方や雰囲気がなんとなく「先生ぶった」ものになってしまっていたようで、そこを注意されたんですよ。
ミスをしたわけではないけれど…。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
医療者として、そういうところも見られてるんですよね。
建部先生
建部先生
学会の会場を見ても、鍼灸師より医者のほうが、上下関係がしっかりしているからか、謙虚な人が多いです。
鍼灸師は…偉そうに歩いてるなぁと思う人がけっこう多くて。それは一種の職業病みたいなものかもしれません。
職場でのヒエラルキーがないためにそうなるんでしょうか。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
そうでしょうね。学会に来ている鍼灸師の先生方って、学校の先生か、治療院の院長先生方が多いですし。
建部先生
建部先生
医師の場合は、みなさん学会に顔を出していて、◯◯先生の後ろについて歩いていれば、そのうちどこの誰かわかっちゃうので、偉そうな顔をしていられないんですよ。
穴田先生
穴田先生
年齢関係なく、鍼灸師はある種の能力があれば評価されるので、そこは鍼灸師のいいところでもあるんですけどね。
建部先生
建部先生
そうです。いくつでも、どこの出身でも「先生」として活動できるのはすごく良い。
ですが、他の医療職との価値観が違いすぎるんですよ。
それは知識の問題ではなくて、けっきょく西洋医学の医療って、医師を中心としたチームで成立しているからです。
そういった環境で働くのが前提だから、穴田先生は注意されたと。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
そういうことですね。
建部先生
建部先生
看護師も理学療法士も、その他の医療者も「医師という指示者の元で動く」のが前提で雇われていますからね。
病院やクリニックでは「医師からの指示」という形で情報の共有がなされるわけです。
じゃあ鍼灸師は?となると…。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
そういった意識は芽生えにくいですよね。
今回のテーマの多職種連携においては、大切なエッセンスのような気がします。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
そのとおりです。「自分は医師の指示を受けない」というスタンスであれば、西洋医学の医療の現場で働くことは不可能になります。
穴田先生
穴田先生
医師が鍼灸師にどう指示をしていいのかわからない場合も多いですけどね。
建部先生
建部先生
そうそう。医師による保険の同意も、関係性が十分に作られていない場合は、ただ療養費の請求ができるだけの同意書になってしまう。
万が一、関係性が作られないまま、同意書を得られたとしても「医師が治療を放棄した疾患」を扱うことが多くなります。
保険の同意があったとしても、それは医師からの指示ではないと。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
だから、現実は多職種連携どころか、もう分断しちゃってるんですよね。
うーん…。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
もちろん鍼灸師側の努力次第なんですよ。当たり前のことをしていない人が多いだけで。
穴田先生
穴田先生
そうですね…。たとえば鍼灸師とか独立して開業してる先生って、カルテを書かない人が多いなと感じます。
1度、患者さんを引き継いだことがあったんですけど、ほとんど書いてなくて…。
建部先生
建部先生
病院だとありえないよねぇ。
穴田先生
穴田先生
というか、もう業務の一環なんで。
あと先ほども言いましたが、カルテを読んだり書くことによって、勉強にもなるんでね、自分にとっても大切なんです。
そもそも学校だと、誰かに引き継いだり、患者さんの治療を誰かと一緒におこなうイメージが育たないので、共有する相手を想定しないのかもしれませんね。
授業中に他の医療者にも共有するイメージで練習した記憶がないです…。
さまんさ
さまんさ
穴田先生
穴田先生
理学療法士も授業ではやらないですよ。でも、実習で学んでいきます。
実習で看護師さんや介護士さんも一生懸命情報を伝えようとする姿勢を目の当たりにするんですよね。
カルテはチームで共有する情報として、すごく重要視されていることを実習で学ぶから、ぼくらもちゃんと書こうという気持ちが芽生えるんです。
ちなみに鍼灸業界に電子カルテを導入するメリットはありますか?
医療のビッグデータ化が進むと必要になってくるとか…。
さまんさ
さまんさ
建部先生
建部先生
病院やクリニックのフォーマットに合わせるなら、電子カルテを導入するメリットはありますね。
鍼灸のビッグデータ化も20年後のことを考えればもちろん大切ですが…。
20年後の医療者の人たちと共有するイメージが肝心なんですね。
さまんさ
さまんさ

NEXT:鍼灸師が信用されない理由は「鍼灸師が何をやっているかわからない」からです

1

2

3 4
akuraku3.jpg

関連記事

  1. eスポーツ×鍼灸 /鍼灸師:平松 燿

  2. 中途失明して盲学校へ、鍼灸マッサージ師になって見えた光/鍼灸マッサージ師:杉野 裕一

  3. 鍼を受けてる時間って、こんなに気持ちよくて幸せなんだ(後編)/鍼灸師 中根 一

  4. 自分の可能性をみつければ、次の形が見えてくる/鍼灸師:橋本 由紀子

  5. 40歳を過ぎてから鍼灸師を目指しました/鍼灸師:松岡 有理子

  6. 10年やると鍼灸の本当のおもしろさがわかってくる /鍼灸師:鈴木 雅雄