自分にしかできない「挑戦」(後編)/黄帝内経研究家:松田 博公

日本鍼灸の根底にあるはずの「中国医学の思想」

松田先生
松田先生
あはは(笑)。
最近は鍼灸業界のフィールドワークはやってないし、「鍼灸ジャーナリスト」と言いにくくなっちゃったのよ。
現在、神田で月1回開催している「松塾」は、鍼灸の思想を学ぶ会なの。
東京都はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師会の講座ですね。それはいつから?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
今年の7月で丸7年。
それ以前からも「『黄帝内経』をいかに読むか」をテーマに、学校の授業はしていたけど。
鍼灸の思想を学ぶ場所って珍しいですよね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
思想を学ぶ場所が珍しいのは、日本鍼灸は技術志向だからなのね。
だから、ぼくはもう1度『黄帝内経』に戻って「日本鍼灸の根底にあるはずの中国医学の思想を学びたい」「あるがままの『黄帝内経』をまるごと読みたい」と願っている。
日本ではそういう志向なんですね。
そもそも中国では学ぶ機会は多いんですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
さすがに中国は、大学に『黄帝内経』の講座が必ずあるし、テレビの放映を含めて、学ぶ機会は日本とは比べものにならない。
北京の大型書店に行くと、大きな本棚が全部『黄帝内経』の本で埋まっている。
その中で、「古代思想」「宇宙論」に集中した研究書は10冊近くあると思うな。
中国の本にも不十分なところはあるけど、そういう本は日本には1冊もない。
だから、いまぼくがやっているというわけ。
まさに「黄帝内経研究家」のお仕事ですね。
しかし改めて『黄帝内経』の古代思想や、宇宙論と聞くと、どうしても難しいイメージがあります。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
11月の日本伝統鍼灸学会では、『素問』の「四気調神大論篇」の新解釈について話す予定なんだよ。
「四気調神大論」って、季節ごとの寝る時間とか起きる時間とか…。
昔の『東洋医学概論』にも載っている篇ですよね?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そう、その篇の新解釈を話すの。
有名な篇の新解釈ってすごいですね。
それは聴きたいな。会場も東京だし。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
講演タイトルは「『黄帝内経』千年の定説を覆す」!
おおげさだよね。でも、ほんとうなの。
四気調神大論篇は、一般人のための養生指南ではなくて、王のための「時令(じれい)」で、「王が時令を守らないと天帝が怒って災害を振らし、国を滅ぼすという怖ろしい信仰なんだ」という新解釈ね。
それって松塾7年の総括の意味を持つ講演なんですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
総括は最近、論文「中国伝統医療の宇宙論~『黄帝内経』入門」としてまとめたんだよね。
東京都はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師会のサイトの松塾のコーナーからダウンロードできるようにしてあるの。
誰でも読めるのはありがたいです。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
これは7年掛けて、いちおう「半分」は形にした。宇宙論についてのお話。
いまで半分ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
うん。あとは「宇宙論と臨床論がどうつながるか」。それが残っている。
でも、もう残りの半分はやらずに、ここまででぼくの『黄帝内経』研究の打ち止めとしようかなと考えている。
あと半分は、ぼくでなくても………。
やれますか? 前編で話された例の「悪いクセ」ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
続きは、皆さん若い世代がやるべきだよね。
(ドキッ)
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
それに、これからは宇宙論的な大きな臨床思想を持たなければ、地球文明が崩壊しつつある時代に鍼灸家としてやっていけないんじゃない?
それはいったいどういうことですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
いまって、我々が暮らしている地球自体が病んでいると思わない?
環境破壊のことなんだけど。
そうですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
地球の健康が回復しないと、そこに住むぼくらひとりひとりも健康になれない。
環境が悪いままじゃ、どうにもならんですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
それこそ地球規模で、社会医療や環境医療というのを考えなきゃいけない。
みんな、それをわかってきたんじゃないかな。
放射能で汚染された山や海や町で、個人だけが健康になるって、ありえないよ。
なるほど。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ぼくが『黄帝内経』から学んだのは、「医療とは個人のものでなく共同体のものだ」「共同体が癒されなければ、個人の健康はない」ということだった。
それって、宮沢賢治が言ったことと同じなんだよね。
宮沢賢治ですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」ってね。(「農民芸術概論綱要」1926年)
宮沢賢治と『黄帝内経』の共通点があるとは驚きです。
健康的な社会や環境あっての、個人の健康ということですね。
ツルタ
ツルタ

宇宙の中に生きている鍼灸師

松田先生
松田先生
だから、宇宙論を踏まえた『黄帝内経』の読み方がますます重要だと思うんだよね。
うーん…。先ほども出た宇宙論ですね…。
宇宙論を踏まえた『黄帝内経』というのは、たとえば…?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
たとえば『素問』の「宝命全形論篇」の表現だと、天があって、地があって、その真ん中に天地の気を受けて「ひと」が生まれるわけでしょ。
「ひと」の気を軸に、天の気と地の気が交わり、大きな円として宇宙大にめぐると考えたらいいんじゃない?
ひとが真ん中の天地人の構図はわかります。学校でも習ったし。
でも、その「ひとの気を軸に、宇宙大にめぐる」というのは…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
宇宙の気を受けて自分が元気になる。
そして、自分を媒介に宇宙の気を伝えて、患者さんや社会、環境を癒やしていく。
そういう「宇宙の中に生きている鍼灸師」というイメージを描けないかな。
…。
編集部
編集部
まさか、自分が中心となって、宇宙すべての気をめぐらせるということですか?
そうして、患者はもちろん、社会や環境を癒すということ…?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
誤解しないでね。これって、ぼくの意見じゃないのよ。
『素問』の「宝命全形論篇」やその他に、「宇宙の気を受けて神気が充実したひとでなければ、患者を治療する資格はない。毎日修錬して宇宙の気と一体になれ」って、はっきりそう書いてある。
さて…、みなさん、どうします?
困ったな…。今までそういうこと考えてこなかったから。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
だから、ぼくがどれだけ腹立てているか、わかってくれるよね。
『黄帝内経』を長い間、読んで研究している人たちはどこを読んでいるの?
なぜ、教えてくれないの?
こういう鍼灸師の修行に最重要なことを、知らせたくないから、黙ってるのかしらね?
……。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
これは僕の遺言だから、挑発的に言ってるの。削らないでね(笑)。
まいったな(汗)。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ついでに、ぼくの意見を言っていいかな?
はい、もちろんです。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
宇宙の気と一体になれば、鍼灸師も寂しくない、孤立しない。ぼくはそう思う。
えっと、どういうことですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
今は誰もが寂しいわけ。孤立してるから。
現代医療の問題点のひとつは、医療を個人の問題に還元したことね。
病気の原因は、家族や職場の人間関係、政治、経済政策といった社会の問題など無数の外部要因があるでしょ?
「ひと」って様々な影響を受けますもんね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そう。なのに、現代医療はそれらをどんどん皮膚の下に閉じ込めた「個人の責任」にしている。
そして治療法に関しても、生活の改善、経済保障、休暇制度などを含むべきなのに、医者や鍼灸師もダメなひとほど、治療を「治療室の中で行う自分の技術」の範囲だけで考える。
これは「閉鎖系の医療」と言えるよね。
鍼灸ですべて解決できると考えない、ということか。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
患者の方も、自分の医療情報をほかの患者に知られたくなくて、プライベート空間を欲するようになっている。
これが、癒しから遠ざかる方向にむかっていることに気付いていない。
今はプライバシーに配慮していく傾向ですね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
ひとりで苦悩を抱え込むのではなく「ああ、世の中には自分と同じ病で悩み苦しんでいるひとがたくさんいるんだ」と気付き、情報を交換したり、養生法を教え合ったり、助け合いの共同体を作る方が、遙かに早く回復が訪れる。
苦悩は共有したほうが、むしろ解決するということですか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
優れた医師、鍼灸師は、どうすれば「閉鎖系の医療」から脱して、家族、地域、社会に開かれた、本来の癒しが訪れる「開放系の医療」に転換できるかを、みんな考えていると思うな。
モデルになるような例はありますか?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
経絡治療家・首藤 傳明(しゅどう でんめい)先生の治療院は、大分駅から離れた交通の便の悪いところなんだけど、狭い治療室にベッドが3台あって、カーテンやついたての仕切りなどが何もないんだよ。
治療を受けるために横になると、隣のベッドで患者さんと先生が話すのがすぐ耳元で聞こえる。
病状の訴えだけじゃなく、子どもが学校でどうしたとか、母親の様子がどうとか、地域のよもやま話も筒抜け。
患者は聴いていて、首藤先生と患者との掛け合いで冗談が出ると、みんなで大声で笑う。
プライバシーはないけど、すてきかもしれませんね。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
「ここは癒しの共同空間で、ここにおいてこそ個人の内側で凝り固まっていた病んだ気が開放され、天空に溶け込んで、病状は快方に向かう」と思えたね。
空間自体が癒し、ということですか。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
都会ではあり得ないユートピアのような気がした。
それを都会で、どう実現するか。
強く思えば必ず実るよね。
なるほどな。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
自分ひとりだけが癒される、なんてことはないのね。
「ひとと共に健康を回復する」「地球と共に健康を回復する」ことなしに、ほんとうの癒しなどない。
だから、現代医療の考え方の中で患者は孤独だし、鍼灸師も孤立している。
でも、鍼灸師が宇宙から気を受けていると寂しくない。
そして、そういう鍼灸師と付き合っていると、患者さんも孤独じゃなくなるわけよ。
それってどうやったら実現できるんですかね?
すごく余白がないと宇宙にたどり着かない。
さまんさ
さまんさ
現状は、経営に気を取られがちですよね。
臨床でも、目の前の患者さんと向き合うことで精一杯というか。
そんな鍼灸師が多いはずで、宇宙の気を感じるというのはすごく難しい気がします。
ウラベ
ウラベ
松田先生
松田先生
そのとおり。ぼくだって難しい。
それでも、『黄帝内経』の言葉にやっぱり励まされ、感動するのよ。
広い意味の宗教的な感覚だと思うし、そこには死生観も含まれているからね。
宇宙のなかの鍼灸師として生きて、宇宙のなかの鍼灸師として死ぬ…。
そんな哲学が一切なかったことに、先生のお話を聞いて気付きました。
さまんさ
さまんさ
(笑)。
編集部
編集部
松田先生
松田先生
でもせっかくだから、鍼灸医学の古典中の古典である『黄帝内経』に、印象的な言葉が満ち満ちていることは知ってほしいな。
はい(照)。
さまんさ
さまんさ
ぼくは、とにかく『黄帝内経』を読んでみたいと思いました。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
嬉しいね(笑)。
現実として、宇宙との繋がりを意識したり、思想を学ぶ機会が、我々には少なすぎるんですね。
だから、わかりやすい技術を拠り所にしたいと思っちゃうのかな。
さまんさ
さまんさ
松田先生
松田先生
うん。まぁ…でも…、臨床を続けていると、なにかしら説明がつかないことに出会ったりしない?
そういえば…。
うらべ・さまんさ
うらべ・さまんさ
松田先生
松田先生
どうにも説明がつかない不思議な体験…。
そういうことが、いつの時代の臨床家にもあるんじゃないかなって思うのよ。
わ…。
編集部
編集部
松田先生
松田先生
臨床していると、不思議なことや、あり得ないと思える体験をするのは、古代人も現代人も同じ。
そして『黄帝内経』では、そのような体験を一所懸命、言葉にしようとしているというのが伝わるのよね。
彼らも不思議に思っていたんですかね?
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
きっとね。だから臨床における不思議体験を一所懸命、言葉にしようとしているし、「太陽や月の気」と「ひとのからだの気」がいかに感応し連動しているか、なんてことを考え、それに合わせた鍼の刺し方を考案しようとしたりしてる。
『黄帝内経』を書いた古代の医師たちか…。
時代は違うけど、「ひと」が書いたんですよね。
ぼくらと同じような志しで、しかもとびきり努力して…。
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
そう。だから、君たちもこれまで見過ごされてきた繊細で不思議な表現に目をこらし、古代思想を踏まえて読み解けば…。
(…ゴクリ。)
ツルタ
ツルタ
松田先生
松田先生
心ときめく、しなやかで面白い『黄帝内経』まるごとの読み直しができるんじゃないかな。

>>>『自分しかできない「挑戦」(前編)』はコチラ。

【記事担当】取材・文=ツルタ
取材・撮影=さまんさウラベ
編集=さまんさ
撮影協力=トンボロ

>>> 松田先生のインタビューはコチラ。




>>> インタビューのダイジェストマンガはコチラ。

>>> 松田先生のオススメの5冊はコチラ。


【編集部からのお願い】
※ 記事に関するご意見・お問い合わせは コチラ にお願いします。
※ 直接、インタビューにご協力いただいた方へのご意見・お問い合わせは、ご遠慮ください。

□ Facebook
https://www.facebook.com/haritohito89
□ 公式Twitter
https://twitter.com/haritohito

1 2

3

akuraku3.jpg

関連記事

  1. 大切にしたいのは環境づくり/日本伝統鍼灸学会 広報部長 :小貫 英人

  2. 「ない」ことベースでやっています/鍼灸師:三輪 正敬

  3. もっと海外に目を向けたらいいんじゃない?/鍼灸師:水谷 潤治

  4. 鍼灸師として多職種と連携するということ/穴田 夏希・建部 陽嗣

  5. 先人の想いを伝えたい/鍼灸師:加畑 聡子

  6. 顔面神経麻痺の適切な鍼灸治療が受けられる場所を作りたい/鍼灸師:遠藤 伸代