鍼灸ジャーナリスト:松田博公の5冊

(1) 脱病院化社会—医療の限界
(2) 人はなぜ治るのか
(3) 荘子(上・下)全訳注/(4) 『老子』その思想を読み尽くす
(5) 日本鍼灸へのまなざし

脱病院化社会—医療の限界

■ イバン・イリイチ(著)、金子 嗣郎(訳)
■ 晶文社(1979年)

 

現代医療は治療の名の下に、年間数百万人もの人びとを死亡させている。それを指摘し、医療に限界を設定すべきことを説いたのは、1970年代のイバン・イリイチの仕事でした。
その作業の中で、イリイチは、「医療化」という概念を提起しました。
現代医療は、医薬品産業の利益、国家の政策と結びつき、病気とは考えられてこなかった現象を次々に病気とし、病名をつけ、医療体制の管理下に包み込む。
この「医療化」に向けた資本と国家の運動は、人類の歴史においてなぜ危険なのか。
その理由を、イリイチは、人びとが産業的医療の他律的な管理下に自らを投げだし、身体に備わった癒しの自律的な力を喪失し、癒しの自然力を根拠に機能してきた伝統医療を放棄し、
生活者や政治主体としての活力を失い「不能化」するからだと言うのです。
イリイチにとって、「産業化された医療—医療化—他律化—不能化」は一体の概念で、それを裏返した「伝統医療—医療の限界設定—自律的主体—活力に満ちた生活」もまた一体の概念なのです。

だからといってイリイチは、単なる反「医療」原理主義者ではありません。
医療の目的は、人びとを癒し、病の苦悩から人びとを救うことである。しかし、医療が産業化し、利潤追求の手段になると、「逆生産性」の原理が働き、目的が過剰に反転し、マイナス生産性が生まれる。
管理された産業的医療システムによって人びとを癒そうとすればするほど、医療による被害者、死亡者が現れ、人びとの自らを癒す自律的な力が失われる。
産業的医療システム自体も、いま日本の病院で起きているように、患者が殺到し機能不全に陥る。

「逆生産性」が発生するのは、医療だけではありません。
交通も教育もそうなのです。鉄道や空路、自動車などの交通機関が、速くたくさん人びとを目的地に送ろうとすればするほど、鉄路、空路、道路は満員で渋滞し、事故による遮断が起こり、旅行の喜びは失なわれます。
子どもたちに、速くたくさん知識を詰め込ませようと教育システムが完備すればするほど、子どもたちは学ぶ喜びを失い、不登校の生徒は増え、憤懣のやり場をいじめに求め、銃を乱射して級友もろとも自らを殺害しようとする。もはや絶望的に暴走している、この産業社会の医療、交通、教育の「逆生産性」に、限界を設けようというのがイリイチの主張です。

患者さんが治癒の主体は自分であると信じ、自然治癒力の存在を疑わず、産業社会から自律した自分自身の生き方を選ぶことによって、鍼灸術、伝統医療は本来の力を発揮できると考える鍼灸師なら、『脱病院化社会』など、医療、交通、教育の現状を根源的に批評したイリイチの一群の著作は、座右の書になってくれるでしょう。

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