これからの「鍼灸」の話をしよう(前編)/鍼灸師:伊藤 和憲

第五章 はじまりの養生

伊藤先生
伊藤先生
それから僕は、西洋医学を「病気からはじまる医学」だと考えるようになったんですよ。
病気になる前は、西洋医学はなにもできないでしょう。
一方、病気になる前でもできることが、養生や、東洋医学でいう未病に対する考え方じゃないかなと思って。
でも、鍼灸院や病院という場所は、病気じゃない人は来ないんですよ。
病気の人、もしくは病気に近い人しか来ない。
つまり、自分が鍼灸院や病院にいる限り、健康な人と会うことができないということに気付いて。
養生というのは健康なうちから使ってほしい概念だから、健康な人と出会う仕組みを考えないといけないと気付いたんですよ。
たしかに悩みがある前の段階の人とつながるというのは、今までの医療のイメージでは難しく感じます。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
だからこの養生という概念を使ってくれる人たちと接する場所、つまりコミュニティを作らないといけないんです。
ここでまず考えたのが、養生生活といえば田舎暮らしのイメージだから、田舎でコミュニティ作りをやったらどうかと。
都会の人から見ると、田舎に農業体験に行くとか、観光に行くとかっていうのは「ヘルスツーリズム(地域の健康資源を活用した健康増進につながる旅行・観光のこと)」にすごく近いんですよ。
たしかに自然のリズムにあわせた暮らしは魅力的です。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そういう暮らしに興味がある人たちは健康志向が高い人たちだから、そういうのがマッチしてるんじゃないかということで「養生場」という場所を田舎に作ったんですね。
しかし田舎というのは、距離やお金の問題のせいでやっぱり限界がある。
1回は来てくれるんだけど続けては来てくれないわけです。
その時はよくても習慣化しにくいってことですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
じゃあ健康に一番積極的に特化してる人たちは誰かと考えたら、美に興味がある人やスポーツをがんばっている人たちだと思ったんですよ。
いわゆる美容鍼灸やスポーツ鍼灸という意味じゃなくて。
美のためにはたくさん食べるのを控えたり、野菜を多めに食べたり、いろいろと努力して最終的に健康になろうとするわけじゃないですか。
美が損なわれる瞬間というのは、まさに病気の入り口みたいなものだから。
なるほど。美を損なわないための努力が、結果的に健康につながるというのはイメージしやすいです。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
スポーツをしている人も、良い結果を残したい、レギュラーになりたいとがんばる状況にいるでしょう?
もともと健康な人が、さらに強く、そして動ける身体を目指しているわけじゃないですか。
こういう考えって養生にかなり近いんです。
よりポジティブに健康になるイメージですね。
もう少し、先生の考える養生について教えてください。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
まず僕は、養生と予防を使い分けているんです。
予防も養生のひとつだから、まったく別物ではないんだけど。
予防というのは病気が起点になっていて、「なにかの病気になる」という前提で予防がおこなわれる。
だから認知症予防とか、風邪予防とか、がん予防と言われるわけです。
だからどっちかというと「明日英語のテストがある」として、「赤点を取らないように、しょうがねえな、勉強するかな」というのが予防に近いかなって思うんです。
赤点を取らないことが目標になっていますね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そう。でもこの勉強はあんまり役に立たない。
赤点予防であれば、「1週間前から勉強したらいい人」もいるし、「徹夜でいい人」もいる。
そして「結果的に間に合わなくて、赤点、つまり病気になってしまうという人」がいるわけです。
予防って、その人がやろうと思った時にしかやれないんですよね。
でも、残念ながらこのタイミングで予防すれば大丈夫、というタイミングは正確にはわからないんです。
たとえば、うちの娘は小学生だけど、彼女が今から認知症予防をするのはおかしいじゃないですか。
だって認知症とは程遠いところにいるから。
40代の僕も認知症予防はしていないし、じゃあ僕はいつ認知症予防をしたら間に合うのかって聞かれても、誰もわかんないですよね。
たしかに! 本当だ!
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
一方、養生が目指すものって、さらに美しく健康になることなんです。
いわゆる「命を全うする」というのが養生だから。
つまり先ほどの英語の話に戻すと「赤点を取らないために勉強する」のではなく「海外で活躍したいから勉強する」という、ポジティブな目標を持っておこなうのが養生なんですよ。
綺麗になりたいとか、強くなりたいとか、速く走りたいとかね。
ポジティブな感情に、僕たちが大切にしている養生の考え方をくっつけた方がいいだろうと思って。
だから田舎とか美容とかスポーツとか、もともと健康志向な人たちに、養生を取り入れてもらったらどうかなと実践しています。
具体的にはどんな活動をされているんですか?
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
たとえばワコールさんと一緒に、セミナーを開かせていただいて、美容という面から養生を広めてもらったり。
また、田舎の中学校や小学校で、教育もやっているんです。
教育といっても、鍼灸とはどんなものかを教えるんじゃなくて、いわゆる身体の原理を教えています。
たとえば「緩める」とか「温める」とか「鍛える」とか「整える」とか「補う」とか…。
「季節に応じてどういうものが必要なのかというのが決まっているんだよ」ということを伝えているんですよね。
けっきょく、方法というのは考え方に依存しているから。
養生の考え方の時には、お薬を使おうとはならないじゃないですか。
季節に応じて養生を意識した生活をしましょうと言っている時に「じゃあこの季節に合う薬は…ロキソニンですか?」とはならないはずだから(笑)。
(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
僕の結論は「健康になる目的がないと健康にはならない」ってことです。
健康になるための目的というのは、自分の価値観や生きがいがベースだから。
生きがいって、じゃあどこで生まれるかというと、人と人との会話の中で「鋤柄先生いてくれてありがとう」と言ってくれる瞬間だと思うんです。
それは、僕自身が病気になった時に感じたわけですよ。
自分という人間は、生徒さんや患者さんが「先生」として必要してくれているから価値があって、病院で入院しているだけなら…価値がないわけじゃないんだけど、ないように感じちゃう。
そうするとやっぱりコミュニティ、いわゆる人と人とのつながりが大切なんです。
先生の場合、入院した時のブログも、ある意味コミュニティと言えますね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
なので、今はインターネットを介して、東洋医学の概念を使った健康コミュニティを作り上げることが目標です。
病気ではなく、健康がスタートなので、いろんなやり方や、考えがあって当然と考えています。
そういう双方向性のリンクがある健康情報コミュニティが、今は作れるんじゃないかなと。
今は時代の転換期で、シフトチェンジのタイミングなんで、そういうプラットフォームを作りたいんですよ。
本当にチャンスだし、でも、このチャンスを逃したら二度とこのチャンスは来ないんじゃないかなと思っているんです。
そうすると、今の先生の目標は「養生コミュニティ」を完成させることですか?
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そうです。しかも、期限を設けています。
期限ですか。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
これは僕がいつも言っているんですが、2025年の大阪万博での出展を目指していているんですよ。
大阪万博って、シフトチェンジのひとつの区切りになると思うんです。
大阪万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン ~多様で心身ともに健康な生き方、持続可能な社会・経済システム~」なので、持続可能な健康がテーマなんです。
実現しなければただの大ぼら吹きですが、言わなければ実現しないから(笑)。
そういう意味では大阪万博までに、この「養生コミュニティ」をつくりたい。
その中では、今までのように病気で繋がるのではなくて、田舎の人たちやスポーツの人たち、きれいになりたい人たちが、健康や養生というテーマで繋っている。
それをウェブ上に作って、これからの健康システムの一翼を担うというのが今の僕の目標です。
スケールが大きい!
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
なので「忙しいね」って皆さんによく言われるんだけど、僕はあと3〜4年しかないと思っていて。
大阪万博は2025年に開催される予定だけど、2025年がゴールじゃないんですよ。
2025年に出展するためには、2023年ぐらいには完成してないと取り入れてもらえない。
だから僕には、あと数年しかなくて。
だから忙しいというか、忙しくしてなかったら、だめじゃんっていう(笑)。
もうそこが最後のチャンスとだと思ってるからね。
そう言われると全然時間がないですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そんなわけで、新しい養生のスタイルを生み出すことが、今の僕が行きついた場所で。
専門が「痛みの研究」から「養生の場の創生」に変わっていくというのは、おかしいと思われるのかもしれないけど、治すためには養生が必要だし、僕の中では一貫しているんです。
一連の流れでうかがうと、すごくしっくりきます。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
でもまぁ、さっきも言ったように、僕の患者さんはいずれ離れていくわけですよ。
治ったりとか、お金の問題とか、いろんなことの都合で。
でも「養生」や「身体の原理原則」を知ったら、たぶんそれが伊藤に教えてもらったかは別として、患者さんには残ってるんで。
患者さんにとっては、その病気をきっかけに 「養生」の必要性がわかったわけだし。
それにね、病気を治しただけなら人生はプラスにはならないんですよ。
養生があってようやくプラスになる。
だってずっと痛みをとっているだけだったら、マイナスをゼロにしているだけじゃないですか。
でも養生を教えてあげることで次の生き方の参考になったら、ゼロからプラスになれる可能性があるわけですよ。
だから、健康からのスタートであっても、病気からのスタートであっても、人をプラスに導くのが養生だと思うんです。
「命を全うする」ための知恵なわけですもんね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
…ということを教えていくのに、ハマっちゃったんだよねえ。
でも多くの人には「伊藤は血迷った」とか、「トリガーポイントだけやってればいいんじゃないか」とか言われるわけですよ(笑)。
先生、めちゃくちゃかっこいいのに、散々な言われようで(笑)。 
スキカラ
スキカラ

NEXT:第六章 鍼灸師 伊藤和憲の夢

1 2

3

4
akuraku3.jpg

関連記事

  1. 教員にとって臨床は「毒」であり「魅力」/関東鍼灸専門学校・副校長:内原 拓宗

  2. 鍼で患者さんを救えれば、自分の人生も豊かになる/鍼灸師:小池 謙雅

  3. 未病の<見える化>で鍼灸師の役割が変わる/鍼灸師:戸村 多郎

  4. 抱え込まない。だけども見捨てない/鍼灸師:粕谷 大智

  5. ゆりかごの前から墓場まで、鍼灸はずっと寄り添える /鍼灸師:藤田 恵子

  6. 鍼灸は人体の謎を解き明かす“ツール”ではないでしょうか/NHKディレクター:山本 高穂