「ない」ことベースでやっています/鍼灸師:三輪 正敬

迷惑をかけないってこと

災害支援をするうえで、何か大切にしていることはありますか?
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
「迷惑をかけない」ことです。
この7月に九州や西日本で水害がありましたけど、行くのを止めるという判断をしました。
行けば必ず役に立つと確信しています。だけど、地元在住のスタッフへ連絡を取って様子を尋ねると、コロナを持ち込まれるのも怖いという声がありました。迷惑になるくらいだったら地元から強いオファーがない限りやめとこうと考えたんです。
本当にコロナは厄介ですね。
地元の声を優先して、行かないという判断をしたと。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
はい、自分の思いよりも、地元の思い。
例えば被災地支援と一緒に「普及もどんどんやってこう」みたいな考え方もあると思うんですけど、災プロはあえて鍼灸の普及を活動目的に入れてないんです。
何か理由があるんですか?
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
あくまで被災地の迷惑にならないことが目的なので、鍼が受け入れられなかったら泥かきして帰るつもりで、先発隊はその装備も持って行くんです。
被災者は鍼の普及を望んでいるわけではないでしょう。自分が被災者だったらイヤですし、センシティブになっていれば「この人たち、被災地のためではなく普及のために来ている」と分かります。とはいえ、結果的にぼくらの活動は絶対に普及になるんですけどね。
普及をあえて目的にしない、その姿勢が被災者に受け入れられる。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
ぼくらは「ない」がベースなので。
普及ではない、迷惑をかけないってことです。
「ない」がベースって?
ゆうすけ
ゆうすけ
三輪先生
三輪先生
普及ありき「ある」が大事なボランティアもあるんでしょうけど。ぼくは災害支援に関して迷惑をかけないこと、自分の思いだけで動かないことをベースにしています。
うーん、ぼくは「鍼灸をもっと広めたい」という思いがベースにあるので。違った発想というか、そこを根底から覆される感じです。
ゆうすけ
ゆうすけ
三輪先生
三輪先生
「広まってほしい」という思いは一緒ですよ。同じ鍼灸師ですから。きっと自分や被災地に合うのが、この「ない」ベースなんでしょうね。
災プロの活動は、行政との折衝から参加者との連絡まで多くのセッティングをして、助成金も取って、いっぱい書類を作って、小さなトラブルもスタッフで話し合って、それを自分の治療院の片手間に睡眠時間も削ってやるのでやっぱりズタボロに疲れるんですよ。
でも、「ない」がベースだから根本的なところで魂が疲れないと言うか、すり減らさないでやれているんです。
そういうことか。
むしろ「ない」がベースだから、本質的な部分を大切にできるし、活動も続けられる。
ゆうすけ
ゆうすけ
三輪先生
三輪先生
ぼくらは政治的背景もないし、流派もこだわらない、NPO化も勧められますがあえて任意団体のままにして、本当にやりたい人がやっているだけです。
ぼくは代表といっても名ばかりで、スタッフによく怒られながら、本当にフラットにやっています。仲間は多様ですが「ない」ベースは共有している人たちなので、とてもありがたい。誤解されることを覚悟で言えば、災プロはやっていて楽しいんです。
最近の災プロの活動は、被災地で鍼灸師やマッサージ師が施術のボランティアをできるような環境を整えるのが仕事ってことですか?
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
スタッフはそうした役回りが多いですね。小さい子どもがいるので現地へは全く行かず、エクセルで事務を手伝うだけというスタッフもいます。現場のスタッフは実際に施術もしますけど、そういう場を作るためのコーディネートができる鍼灸師は貴重なんですよ。

現場はおもしろいことがいっぱい

ちょっと不謹慎かもしれない質問をさせてください。
例えば1、2年目とか、経験の浅い鍼灸師が2週間くらい施術ボランティアに参加したら、すごく経験を積めるんじゃないかと思って。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
その通りです。
やはりそうですか。ただ、自分が勉強したいから被災地に行くというのはちょっと違うのかな…どうなんでしょう?
ツルタ
ツルタ

三輪先生
三輪先生
そういう人でも歓迎です。
緊張感のある現場を想像しているので心配というか、迷惑になりませんか?
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
んー、まず、これまで「自分の思い」を否定するような言い方をしてきましたが、あくまで自分の思い「だけ」で動くのが迷惑になるのであって、「役に立ちたい」「助けになりたい」という思いは大切です。「勉強したい」「普及したい」でもいいのです。ぼくがそうであったように「相手の思い」は現地に自分の足で立って初めて分かることですから。
度量が大きい…。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
それから、緊張感はいい意味でないかもしれません。1年目や2年目の人とかって、10年以上の人とセットにするんですよ。
例えば、2年目の人が、脳貧血を起こさせちゃったことがあるんですけど、それをベテランの先生がすぐに返し針で対処してくださった(ガイドラインに書いてあります)。その鍼灸師はすごくいい勉強になったはずです。
本当、勉強になることばかりでしょうね。返し針もレアだし。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
鍼灸の側面にしぼっても現場はおもしろいことがいっぱいあります。無名だけど腕のいい鍼灸師って結構たくさんいらっしゃるんですよね。夜は宿舎で多流派が治療しあったりして。
いいな。いろんな鍼灸師に会ってみたいし、いろんな流派の治療を受けてみたいです。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
あとおかしかったのは、小児はりが上手な先生がいらして、避難所の子どもたちが列を作るようになったんですよ。それで、その先生が帰った後に残っていた小児鍼未経験の4年目の先生が子どもたちに「はりして、して」って言われるようになって、見よう見真似でやるんですけど、やっぱりそれなりに効いてくるんですよ。
その男の先生は、いつのまにかすごく上手に子どもをあつかっていて、臨床の幅がずっと広がったと思います。
素直に、うらやましい。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
そうでしょう。1年目2年目に限らず、ぼくは今でも鍛えられていますよ。
それにしても、避難所って鍼灸師が活躍できそうですね。悩みを聞くのもうまい人が多いだろうし。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
話を聞くのは多くの先生が上手ですけど、施術中は避難所の人がわさわさいる空間から少し離れられるので、黙って静かに施術を受けられる方もいます。
避難所の施術スペースって、どれくらいプライバシーは確保されるんですか?
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
今は専用のテントを用意しているので、視覚的には完全に隠れますよ。
それはいい。心も休まる時間になるでしょうね。
ツルタ
ツルタ
三輪先生
三輪先生
だから黙って何もしゃべらない方もいます。
その時間は横で静かにいるとか、ただ触れてじっとやっていたりするとか、無理に悩みを聞き出そうとしない。ほかの医療職は基本的に問診で成り立ちますから、それも実は鍼灸師にしかできないことです。

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