「楽しい」が1番/鍼灸師:仙田 昌子

鍼灸専門学校の学生たちから「決めつけないで接してくれる」と評されている先生がいます。それが、東京医療福祉専門学校で専任教員を務める仙田昌子先生です。

実は今回のインビューのきっかけは、教え子である学生たちの推薦によるもの。
一方的に教えるのではなく学生たちと一緒に考えながら、臨床や研究にも取り組んできたという仙田先生に、教育や学生たちへの思いなどを聞きました。「楽しいが1番」と語る、これまでの歩みとは。

仙田 昌子(せんだ あきこ)先生

資格:はり師・きゅう師・栄養士
学位:修士(鍼灸学)
他:慶応義塾大学SFC研究所上席所員
経絡治療学会関東支部講師
経絡治療学会夏期大学事務局
柏の木鍼灸院 スタッフ
【学歴】
2007年:東京スポーツ・レクレーション専門学校 鍼灸科 卒業(現:東京メディカル・スポーツ専門学校)
2009年:東京医療福祉専門学校 教員養成科 卒業
2015年:明治国際医療大学 鍼灸基礎医学分野 修士課程修了
【職歴】
2002年:セントラルウェルネスクラブ柏(アルバイト)
2009年:東京医療福祉専門学校 入職(医療科 専任教員)
2023年:東京医療福祉専門学校(教員養成科 専任教員)
【所属学会】
・経絡治療学会
・伝統鍼灸学会
・全日本鍼灸学会
・日本自律神経学会
・日本温泉気候物理医学会

夜間学校で必死に学んで「記憶がない」

今回、学生さんの推薦でインタビューさせていただきました。「決めつけずにいろいろな考えを示してくれる」先生と聞いています。まずは、鍼灸との最初の出会いについて教えてください。
タキザワ
タキザワ
仙田先生
仙田先生
2歳下の弟が、祖母に鍼灸院に連れて行かれたんです。そこで頭にお灸をされた弟が、泣いて出てきたのが最初の出会いですね。
ショッキングな出会いですね! 当時、弟さんは何歳ぐらいだったんですか。
タキザワ
タキザワ
仙田先生
仙田先生
小学1〜2年生くらいだと思います。喘息やアトピーがあったので鍼灸院へ連れて行かれたようです。「頭にお灸された、ハゲる」って泣いていましたね。
トラウマになっていないといいですが…。おばあさまは、鍼灸にもともと馴染みがあったんでしょうか。
タキザワ
タキザワ
仙田先生
仙田先生
そうですね。どちらかと言うと私も祖母の勧めで、鍼灸学校へ進んだので。
でも実は高校を卒業する頃は、スポーツトレーナーになりたかったんです。母には栄養の学校を勧められて進学したんですが、その後に祖母から「鍼灸の資格も取ったらどう?」って勧められました。ちょうどその頃スポーツジムで仕事をしていたんですが、周りに鍼灸学校や柔整科に通っている人たちがたくさんいて、アドバイスをいただいて鍼灸学校に行くことになりました。
実際に鍼灸学校へ入ってみて、どうでしたか。
タキザワ
タキザワ
仙田先生
仙田先生
夜間の学校に進学したので、比較的毎日必死でしたね。スポーツジムで働きながら、先輩に紹介してもらった接骨院でも経験を積んでいました。
昼間働いて、夜は学校に行って、夜の10時ぐらいにまた地元に戻って夜中の2時ぐらいまでスポーツジムで働くっていう生活をずっと送っていました。なので、あんまり当時の記憶がないんです。必死だったことしか覚えていなくて。
卒業後はどういうふうに生きていくか、なんとなく考えてはいたんですか。
タキザワ
タキザワ
仙田先生
仙田先生
3年生で担任の先生と面談をしたときは、「医道の日本とか編集の会社に就職できないか」って言ったんですよ。自分たちで授業の内容をまとめて、参考書のようなものを作るのが楽しくて。
そしたら先生が東京医療福祉専門学校に教員養成科(以下、養成科)ができることを教えてくれて、そのまま進学しました。
養成科の1期生ってことですね。進学後に専任教員を目指すようになった感じですか。
タキザワ
タキザワ
仙田先生
仙田先生
そうですね。もともと入試のときは「専任教員になりたいです」って伝えていたんです。うちは父も母も教員をしていたので、その背中を見ていた身としては自然とそうなっていったというか。
ただ、養成科へ進学したことが大きな転換期であったのは確かです。勧められて進学していなかったら、今はもう鍼灸をやっていないかもしれないぐらい、教育や鍼灸に対する意識が変わったと思います。

「一緒に」考えることを大切に

今すごく楽しそうにお仕事をされている印象がありますが、実際に教員になってからはいかがですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
仙田先生
仙田先生
もともと医療科の方で教育に携わっていました。2019年頃から養成科もお手伝いに入るようになって、完全に異動した後は、学生たちが1年目も2年目も充実するよう努めています。1年目は卒業したらすぐ開業できるように、2年目は教育現場に行って困らないようにという感じで。とにかく少しでも力をつけてもらいたいと思っています。
日々の教育の中で心がけていることはありますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
仙田先生
仙田先生
聞かれたことには、わかる範囲で何か返したいとは思っています。
例えば教育実習で「どうしたらいいですか?」って質問が来たときは、一緒に図書室に行って「この本は参考になるよ」とか「この辺調べてみたら」といった形で相談に乗って一緒に考えるようにしています。あとは「どうしたい?」「どう考える?」「なんで?」とかは、口癖のように言ってますね。
学生の自主性を大事にするスタイルで、まさに“教育”をされているのかなと感じました。いわゆる“職業訓練”を超えた、人を育てるところまで考えているのかなって。それはご両親の影響ですかね。
ゆうすけ
ゆうすけ
仙田先生
仙田先生
無意識にそうなっているので、多分そうなんだと思います。研究も臨床もどちらかと言うと「一緒に」というのは、心がけるようにしていますね。あんまり「こうだ」と決めつけないようにしています。自分のそれまでの経験と違う場合も考えられるので、学生が違う提案をしてきたら1回受け取って「それはそうかもしれないな」って考えてみて、一緒に答えを出していくようにしているのかな…。
研究にも取り組まれているんですよね。どういう思いで研究も始められたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
仙田先生
仙田先生
もともと研究が大好きなんですよ。楽しいですよね。教員だったうちの父と母は理系だったんですが、家の中で実験の話とかをしていたので、その影響もあるかもしれません。養成科の卒業研究では、日本医科大学の研究にも参加させてもらいました。そのときは全く鍼灸業界と関係ない研究に携わったので、やっぱり鍼灸の研究がしたいと思って、明治国際医療大学の大学院へ進んだ感じです。
大学院で修士を取られたあとも、継続して研究をされているんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
仙田先生
仙田先生
ちょうど育休が終わった後に、2019年ぐらいから学生と一緒に研究を指導する形でやっていて、その頃から養成科の卒業研究も少しずつ手伝うようになりました。ご縁があって慶應義塾大学のSFC研究所という研究班にも入れてもらっています。

臨床を経験したら教育が変わった

これまでのキャリアで、臨床経験は積めたのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
仙田先生
仙田先生
やっぱり専任教員になると、時間的に臨床に取り組むのはなかなか難しくなりますね。でもありがたいことに私の場合は、ちょうど入職して1年経ったぐらいの頃に、あるご縁で経絡治療学会の岡田会長のところに土曜日に行かせていただいていたんですね。そこで臨床や治療院の流れを勉強することができました。その後、産休や育休に入ったので、しばらくそういったところからは遠のいてしまったんですけど。2018年に鍼灸師である夫が開業したので、今は平日の夜とか土日に患者さんの治療に携わっています。
教育と研究だけじゃなくて臨床も……ホント盛りだくさんですよね。
ツルタ
ツルタ
仙田先生
仙田先生
それはもう間違いない。でもやっぱり臨床に取り組んでから、学生に話す内容や、教えるポイントが少し変わったように感じるんです。特に鍼灸実技の経絡治療は、臨床をやっていないと答えられないことが多いと思います。学生たちもより親密に聞いてくれるようになったというか……。言葉に説得力が増したのかもしれません。
学生さんの先生への眼差しが変わったのかもしれないですね。
ツルタ
ツルタ
仙田先生
仙田先生
ホントにまだまだだと思うんですけど。ちゃんと治療もわかる先生なんだって感じてくれたのかな。

NEXT:学生とのディスカッションが好き

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