お灸と免疫の話/鍼灸師・医学博士:三村 直巳

お灸は免疫系を調節する

三村先生
三村先生
「お灸は免疫力を高める」とよく言われますが、正常マウスに施灸をしても一定の反応を得ることはできませんでした。
「お灸は免疫力を高めない」ってことですか。いまさら言われても、困っちゃいますよ。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
具体的には、白血球やサイトカインを測定しても、統計学的な有意差に導くことは困難で…。
健康体にお灸をしても、免疫系に変化はみられなかったということですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
そこで関節リウマチに着目して、マウスの病態モデルを作成して灸が影響を与えるかについて検討することにしました。
病態モデルっていうのは。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
この場合、人工的に関節リウマチ様の関節炎を発症させたマウスです。牛のⅡ型コラーゲンを溶解してマウスの尾根部に皮内注射することで、コラーゲン関節炎(CIA:Collagen-induced arthritis)を誘導します。(図1)

(図1)

おお、かなり腫れてますね。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
関節炎を誘発せずに施灸も行わない無処置ノーマル群、関節炎を誘発せずに施灸を行った施灸ノーマル群、関節炎を誘発して施灸をしない無処置CIA群、関節炎を誘発して施灸を行った施灸CIA群の4群にわけました。
マウスには、どのようにお灸をするんですか。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
背中の毛をあらかじめ剃っておき、手のひらにのせて指の間で尻尾をしっかりはさみ、頸部を他の指で固定するとおとなしくなります。その状態で命門穴に1mgの艾炷を5壮すえます。(図2)

(図2)
じっとさせるコツがあるとは。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
固定は施灸の間、約1分弱ほど手でホールドするだけなので、固定ストレスによる影響は少ないと考えられますが、無処置群でも、同時間ホールドします。
マウスは透熱灸をされて、辛くはないんですか。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
施灸中に気持ちよさそうにしている様子もうかがえるので、そんなに侵襲性はないように思われます。
結局、この関節炎にお灸はどうだったのでしょう。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
では、この実験の結果を…。
(ごくり…。)
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
「施灸は関節炎の発症率を低下させること」がわかりました。(図3)

(図3)

三村先生
三村先生
この図は、関節炎を誘発して施灸をしない無処置CIA群(青線)と、関節炎を誘発して施灸を行った施灸CIA群(赤線)との比較です。
お灸をした群の方が、たしかに発症率が低いですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
それだけでなく、発症した場合に「腫れの程度を軽減させること」もわかりました。(図4)

(図4)

三村先生
三村先生
同じくこの図も、関節炎を誘発して施灸をしない無処置CIA群(青線)と、関節炎を誘発して施灸を行った施灸CIA群(赤線)との比較です。
お灸をした群の方が、関節炎は軽度になる。
つまり自己免疫疾患のように免疫系が亢進している状態では、お灸は抑制性に作用するってことですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
その通りです。お灸は「免疫力を高める」というより、「免疫力を調節する作用がある」と考えられます。
お灸の認識が変わります。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
指導教官が行った予備実験では、関節炎を発症してしばらくした後に施灸をしてもあまり改善は見られず、発症前に施灸をした場合によく改善がみられたと聞いています。
早め早めが大事って、本当なんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
さらには、発症する直前から施灸を頻回に行うことで、「予防効果が得られる」とも考えられます。

自己免疫性関節炎を抑制するメカニズム

どうしてお灸で免疫過剰が抑制されるのか、そのメカニズムが知りたいです。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
研究はそこからが大変でした。
その頃、東洋医学を信じていない研究者より「それはお灸というより火傷の作用だ。火傷によって抗ストレスホルモン(副腎皮質ホルモン)が分泌されるから炎症が抑制された。」という意見も受けました。
お灸を単なる火傷と言われてしまうと複雑ですね。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
心外に思いつつも、血中のコルチコステロン濃度を測定してみたところ、無処置CIA群、施灸CIA群では、関節炎の痛みストレスにより分泌が上昇していたものの、施灸による変化は認められませんでした。
このことから、施灸は熱傷ストレスによる副腎皮質ホルモンの増加によって、関節炎を抑制したのではないことがわかりました。
よかったぁ。
タキザワ
タキザワ
三村先生
三村先生
その頃、1995年京都大学の坂口志文ら(現在は大阪大学)によって報告された制御性T細胞についての論文を指導教官より紹介されました。末梢血のCD4陽性T細胞の約10%程度存在しているという細胞で、免疫応答を抑制する機能を持ちます。
免疫応答を抑制する、制御性T細胞…。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
我々の実験で、鼡径リンパ節、脾臓、末梢血を調べたところ、CIA群と比較して施灸CIA群では鼡径リンパ節における制御性T細胞の割合が増加していることがわかりました。(図5)
(図5)
制御性T細胞が増加するから、CIAを抑制するってことですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
おもしろいのは、正常マウスに施灸をしても制御性T細胞は増加していなかったことです。
健康体では変化がみられなかった点にも大きな意味がありそう。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
今回の研究で、「制御性T細胞を誘導して関節炎の発症や症状の進行を抑制している可能性がある」ことがわかりました。
お灸の研究、進んでますね。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
しかしながら、施灸刺激がまずどこに作用してこうしたサイトカイン放出に影響を与えているのかについてはまだ分かっていません。
施灸による熱刺激が神経を介して免疫細胞に影響を与えているのか、樹状細胞(ランゲルハンス細胞)のように皮膚や皮下組織にいる免疫細胞に直接作用して所属リンパ節における免疫反応に影響を与えているのか、ということを推測しています。
今後の研究に期待しています。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
近年、温度感受性のTRPチャネル(トリップチャネル)が報告されており、感覚神経の末端、免疫細胞そのものに発現していることが知られていますので、どちらの可能性もあると興味深く推測しています。
お灸が人体に効くメカニズムに深く関わっているんじゃないかと噂の…。
ゆうすけ
ゆうすけ
三村先生
三村先生
次回はTRPチャネルについてお話させていただきますね。

まとめ
・自己免疫疾患のように免疫系が亢進している状態では施灸は抑制性に作用する。
・正常マウスに施灸しても免疫系は変化しない。
・関節炎を誘発したマウスに施灸すると制御性T細胞が増加する。
⇒施灸は「免疫力を高める」というより、「免疫力を調節する」作用があると考えられる。
・発症する直前から施灸を頻回に行うと発症率が低下する。
⇒発症前、ごく初期の病勢の弱い時に、繰り返し施灸することで予防効果が得られると考えられる。

【参考文献】
1)Mimura N, Kogure M, Ikemoto H, Sunagawa M, Ishikawa S, Fukushima M, Ishino S,  Hisamitsu T. Therapeutic effect of Moxibustion on collagen-induced arthritis in mice by inductionon regulatory T cells. Japan Acupuncture and MoxibustionOnline Journal 2011; 1; 23-31.
2)Kogure M, Mimura N, Ikemoto H, Ishikawa S, Nakanishi-Ueda T, Sunagawa M, Hisamitsu T.  Moxibustion at Mingmen reduces inflammation and decreases IL-6 in a collagen-induced arthritis mouse model. J Acupunct Meridian Stud 2012; 5; 29-33.

取材協力:東京医療専門学校

文=三村直巳
編集・撮影 = ツルタ
(2021.3.29公開)

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