鍼灸は人体の謎を解き明かす“ツール”ではないでしょうか/NHKディレクター:山本 高穂

NHKの科学番組が鍼灸などの東洋医学をテーマに特集番組を組むらしい——。

そんな鍼灸業界での噂が現実になったのが、2018年9月24日に放送された『東洋医学 ホントのチカラ 〜科学で迫る 鍼灸・漢方薬・ヨガ〜』でした。
放送後に最も問い合わせが多かったのが「鍼灸」についてだったとか。視聴者からの反響に後押しされ、『東洋医学ホントのチカラ』はシリーズ化し、現時点で計9回の放送が行われています。

それにしても、なぜNHKは鍼灸を科学番組で取り上げようと考えたのでしょうか。
NHKディレクターの山本高穂(やまもと たかお)さんに番組が企画された背景と、鍼灸に期待することを聞いてきました。

『東洋医学ホントのチカラ』に対する視聴者の反応

『東洋医学ホントのチカラ』は初回の特番が放送されてから、以後も放送を重ねています。
視聴者から好評だということでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
そうですね。初回の放送枠が2時間を超える長時間だったこともあって、反響が大きかったです。
NHKへの視聴者からの電話も多数いただき、特に鍼灸への問い合わせが目立ちました。取材先の大学附属病院にも連絡が多数あったそうです。
私のところも放送後、患者さんが増えたので反響を実感しています。
鍼灸について、NHKにはどんな声が寄せられたのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
「番組に出ていた先生の施術を受けるにはどこに行けばいいですか?」「連絡先を教えてほしい」「どうしたら施術を受けられるの?」といった質問が大半ですね。
ほかにも「番組の内容をまとめたものはないか」という問い合わせもありました。
山本さん自身が患者としてよく鍼灸治療を受けていたことから、生まれた企画なんでしょうか。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
いえいえ、鍼灸に興味をもったのは全くの偶然です。
長年、科学系の番組制作を続けていたのですが、鍼灸との出会いはホントに思いがけないものでした。そもそもNHKに入ったのも、たまたまと言いますか…。もともとマスコミ志望ではなかったんです。

3回留年してから巡り合わせでNHKへ

大学時代は今のお仕事とは関係ないことをされていたんですか。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
そうですね、大学は北海道で、水産学部に所属していました。
勉強をあまりせずに遊んでばかりいて3回留年しました…。
それは意外です。そこからどうやってNHKに入ったのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
探検部に所属していて、川下りやダイビングをしたり、洞窟を探検したりっていうのを7年間ずっとやっていたんですよ。そしたら探検部のOBにNHKのディレクターがいて、高山植物を撮影する番組のアルバイトに呼んでもらったんです。
1週間くらいテレビ撮影の現場を体験して、「こういう仕事もあるんだなあ」と初めてマスコミの仕事に興味が湧いたのがきっかけですね。
先に現場を経験したんですね。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
写真は趣味でやっていたんですが、才能はないと自分でも分かっていました。
でも、ディレクターならできるかもしれないと思って。OBの勧めもあってNHKを受けたら、奇跡的に内定をもらいました。ホント、巡り合わせですね。運がよかったと思います。
入局してすぐには、どんな番組に携わったんですか。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
NHKのディレクターは最初、地方に配属されてさまざまな番組作りの経験を積んでから、東京で専門的なグループに配属されることが多いです。
私も最初は函館、次に札幌に配属されて、ニュースのリポート、台風の中継、のど自慢などジャンルに関係なく番組作りを経験しました。約6年間地方に勤務してから、東京の科学分野の番組グループに異動しました。

希望が叶って『ダーウィンが来た!』の制作を

山本さん
山本さん
東京に来てからは、科学のトピックを扱う『サイエンスZERO』や、当時の『ためしてガッテン』などを担当しました。その後、希望が叶って、世界中の生き物を紹介する『ダーウィンが来た!』 や『NHKスペシャル』などを担当しました。
『ダーウィンが来た!』では、海外ロケもあるんですよね。大変ではありませんでしたか。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
でも世界のあちこちに行けるので、ディレクターには人気なんですよ。確かに過酷な面はありますけどね。『ダーウィンが来た!』では、少なくとも1カ月は現場に密着しますから。ずっと動物を観察し続けるんです。
それでも珍しい動物の映像はめったに撮れないんじゃないですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
いや、それがそうでもないんですよ。研究者に「こういうシーンを撮りたい」と相談すると、「なかなか見られないから難しいんじゃないか」と言われることが多いんです。だけど経験上、ひたすら密着していれば何かしら撮れるんです。
撮れたらすごく嬉しいでしょうね。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
はい。ましてや「まだ誰も観てないシーン」だったら、めちゃくちゃ興奮しますよね。「知られていない事実を伝える」ことが、自分にとってはこの仕事をする1番の醍醐味です。鍼灸を番組で取り上げるのも、まさにそういう面白さがあるからだと思います。

「うつ病」の番組制作で気付かされたこと

どうやって鍼灸のほうへと関心が向いたのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
数年間、自然や動物を中心に番組制作を続けていたんですけど、『病の起源』 というNHKスペシャルの医学番組シリーズ(2013年放送)を担当することになったんです。任されたのはうつ病の回でした。
うつ病のルーツを探っていくわけですか…。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
うつ病ってホント難しい病気ですよね。現代医学では様々な治療法があるんですけど、治らない人も少なくありません。取材しているうちに「社会や人とのつながりも、うつ病の原因に関連している」ことがわかってきて…。
その番組で鍼灸について調べたのですか。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
いえ、そのときに東洋医学は取り上げませんでした。ただ、医学や科学だけでは解決できない問題があることを知ったというか…。
西洋医学だけでない多角的な取材が必要なことを学びましたね。

予想外だった「鍼灸の研究」

そのまま医療の分野で番組を制作するようになったんでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
実は、その後は『ダーウィンが来た!』のデスクを2年ほど担当しました。番組の完成度を高める能力はつきましたが、自分には合わなかったですね…。デスクは内勤で直接取材をするわけではないんですよ。現場に出たいという思いが募りました。
世界各地で取材していて、急にデスクワークになったら、ギャップは大きいですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
そうなんですよ。「やっぱり自分はディレクターなんだな」と思い、希望して現場に戻してもらいました。そこで『ためしてガッテン』を担当することになって、冬の放送回だったこともあり、冷え症を取り上げることにしたんです。
少しずつ、東洋医学に近づいてきそうな…。
タキザワ
タキザワ
山本さん
山本さん
実はその時に自律神経のメカニズムを取材したものの、その複雑さにお手上げだったんです。生理学をはじめ人間の仕組みについては、まだ未解明な部分がたくさんあるんだということを改めて実感しました。
そして2017年の冬に、再びうつ病について取材を始めました。「TMS(経頭蓋磁気刺激)」という治療法です。磁気刺激で脳の特定部位を活性化させることで、脳血流を増加させ、低下した機能を元に戻すというものです。
頭の外側から脳を局所的に刺激する方法ですよね。どういった経緯でTMSを知ったんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
昭和大学の精神科医である中村元昭先生がTMSを推進するグループの中心メンバーで、よく取材させて頂いていたんです。実は、ちょうどそのとき中村先生が「鍼の研究をしている」とお話しされて…。
TMSという最新の脳科学に基づいた治療をされている方が、鍼灸という伝統医療をなぜ実践しているのか? 驚きとともに疑問がわきました。
確かに脳科学と鍼灸って、一見、とても対極的ですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
ホント、予想外でしたね。

松本岐子氏の来日に合わせて番組の企画書を

山本さん
山本さん
中村先生の話をよく聞いてみると、ハーバード大学に留学していた時に、松本岐子先生の鍼灸院に通っていたそうなんです。
松本岐子先生といえば、休刊した業界誌「医道の日本」でおなじみですね。長野潔先生の「長野式治療」をベースに「キイコスタイル」を使って、ボストンで開業されています。
ゆうすけ
ゆうすけ
山本さん
山本さん
ユニークな先生ですよね。松本先生がハーバード大学で受け持っていた鍼の授業の話や、アメリカ軍も鍼治療を行っているという話を聞くうちに、むくむくと興味が湧いてきたんです。
何か引っかかるものがあったわけですね。
ツルタ
ツルタ
山本さん
山本さん
ええ。「これは番組になるかもしれない」と思って鍼灸について調べ始めました。その翌月に松本先生が来日すると聞いたので、急いで企画書を書いて本格的に取材をスタートさせたんです。

NEXT:視聴者が過度に期待しないように注意した

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