鍼で患者さんを救えれば、自分の人生も豊かになる/鍼灸師:小池 謙雅

過酷な指名獲得レースに勝ち抜く

実際に鹿島アントラーズのトレーナーのもとで、治療院勤務をしてみていかがでしたか。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
それがですね、面接を受けるために電話をかけたら、鹿島の大きなホテルの隣にある、温浴施設のリラクゼーションだったんですよ。ムームーを着たお客さんたちにひたすら手技をおこなうという…。
だいぶイメージと違いますね。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
「鹿島アントラーズとの乖離がすごいな」って思いましたね。でも、そこで先輩たちから手技を必死に学びました。なにせ手技がうまくなったら、鹿島アントラーズのトレーナーに選ばれる可能性が高くなると思い込んでいましたから。ただ4、5人いた同期から抜きん出る必要がありました。
まずは社内で選ばれないと、アントラーズの選手をケアすることはできないわけですか。おのずと目標が明確になりますね。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
そこからは、さらにギアを上げて「鹿島アントラーズのトレーナーになって、開業して豊かになる」という目標に向けて、ひた走りました。熱心に読んだのが、ワタミグループの創業者である渡邉美樹さんの『夢に日付を!』という本です。
どういった内容の本ですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
渡邊さんが夢を達成してきた経緯が細かく書かれています。貪るように読んで、私も同じように大目標を設定し、さらに中目標、小目標を決めて、達成するための行動を起こしました。
ぜひ具体的に教えてください。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
当時の自分には技術と人間力、二つの課題がありました。
技術は週一の休日に母校のサッカー部にトレーナーとして押し掛け、自分の技術をアウトプットして新しい課題を見つけてくる。その課題を先輩にぶつけてフィードバックをもらって、それをつぶしていく繰り返し…。
人間力は元々怒りっぽくてクヨクヨ悩む性格の矯正です。自分自身を冷静に俯瞰しながら生きる。時には内観をして平常心を保てるように感情をコントロールする力を高めるっていうのを、ひたすら続けました。
下積み時代は休みなしですか。それにしても、自分で自分の精神面を鍛えるのは大変ではなかったですか。
ツルタ
ツルタ
小池先生
小池先生
それしか道がありませんからね。最終的に治療院では入社から1年半ぐらいで、手技の指名で月100本以上取れるようになっていました。修業の過程で技術だけではなく、自分と向き合い人として成長できたのが大きかったと思います。
それだけ人気だと、売上もすごそうですね。
ツルタ
ツルタ
小池先生
小池先生
単価1時間5000〜6000円の料金で、私の売上が100万円以上ありました。私が出勤すると電話が鳴って、あっという間に1日の予約が埋まっちゃうんです。

天皇杯の流れを変えたトリガーポイント

そこから鹿島アントラーズのトレーナーに選ばれたんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
はい、鹿島アントラーズには、2007年から2012年の6シーズン在籍しました。その前の3年間でプロになるために手技をすでにインプットしていたので、6年間は自分の技術をひたすらアウトプットした期間ですね。
すでに腕が磨かれていると、選手も安心して受けられそうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
実際、選手からのリクエストが多かったです。さらに私は武器を見つけます。それがトリガーポイントです。
ついにトリガーポイントの登場ですね。トレーナーの現場で会得されたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
仲間と手技の練習をしていると「痛気持ちいい」と感じるポイントのなかに、異様に硬い所があることに気付きました。そのポイントを圧迫しながら揺すったりして、他動運動を加えると、効果がものすごく上がったんです。
それがトリガーポイントとは知らずに…ですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
そう、知らなかったんですよ。だから、これは大発見だなと。「各関節でこういうポイントを見つけてコンプリートしたら、ゴッドハンドになれる!」と思いました。選手に試しても効果がとても高かったので、どんどん取り入れていきました。
選手からの評判もよかったんですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
忘れもしませんよ。天皇杯の準決勝、前半を終了して0対1と劣勢でした。主要メンバーの一人が明らかにおかしくて……。ハーフタイムに「小池ちゃん、ちょっとやってくれ」って。
切羽詰まった場面で選手から頼られたわけですね。突発的な事態をどうやって切り抜けたんですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
小池先生
小池先生
そのときは、前脛骨筋のトリガーポイントを圧迫しながら他動運動をかけたり、ヒラメ筋やふくらはぎを中心に圧迫したりしたんです。そのうちに選手が「あっ!抜けた……」と言って、試合に戻っていきました。結局、後半で盛り返して、試合に勝利します。この年は、見事に天皇杯で優勝することができました。

治療家は利他的にならざるを得ない

トレーナーとして6年の経験を積んで、いよいよ開業……当初の目標通りですね。
タキザワ
タキザワ
小池先生
小池先生
ただ、この頃にはもう「一旗あげて稼ぎたい」という気持ちではなかったですね。みなさん治療家なんで、言うまでもないんですけれど、そういう利己的な思いだけで治療は続けられないじゃないですか。真剣に患者さんを治そうとすると、利他的になっていきますよね。
患者さんに寄り添うことになりますものね。治療を重ねるごとに徐々に意識が変わっていったのですか。
タキザワ
タキザワ
小池先生
小池先生
そうですね。ただ、明確に覚えているきっかけはあります。修業時代、初診の患者さんが右手に時計をつけていたので、「どうぞ」と問診票を出す時にペンを左手側に置いたんですよ。左利きだろうなと思ったから。
すてきな気遣いですね。
タキザワ
タキザワ
小池先生
小池先生
そうしたら「ありがとう」って感謝されたんです。さらに「気付いてくれる人ってなかなかいないんだよね」と。そのときに「人に与える」喜びに気づけたんですよ。今までの自分は与えるより貰うことや奪うことだけを考えてきたな…と恥ずかしくなりました。
マインドが変わっていったんですね。開業ではなく、トレーナーとして選手を支え続けようとは思わなかったのですか。
タキザワ
タキザワ
小池先生
小池先生
トレーナーとしてのキャリアを考えて、バルセロナのチームと交渉していた時期もありました。でも、ふとスタジアムで試合を眺めたときに思ったんです。身に付けた技術で観客席の一人ひとりを実際に支える方が、社会貢献になるんじゃないかって。
人生観が変化したことで、これまでと同じ景色が、違ったものに見えたんですね。
タキザワ
タキザワ

NEXT:より社会に貢献するために

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