解明されていないから、一緒にやれる /鍼灸師:鳥海 春樹

大学病院の鍼灸外来で臨床するという道

大学病院で鍼灸外来を持たせてもらう方法って、まったく見当がつかないです。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
現状の医学に鍼灸って研究領域はまだないんだよね。
それで鍼灸の研究をするなら神経科学の土俵がいいと考えて、内科学(神経)の教室で頭痛をテーマに研究をスタートしたの。
修士と博士を5年で修了したんだけど、その間いろんな実験を手伝って論文業績をたくさんあげた。そうしたら学位取得後に特任助教の職位をもらえて医学部に残れたんだよね。それで、「頭痛の研究のため、鍼灸の外来を開設してください」と頼んだのが始まり。
大学院5年間の努力が評価されて外来開設に至ったと。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
その頃はいろいろと良い条件が重なったのもあって、幸運だったよね。
2011年に神経内科特別外来として「神経疼痛疾患はり治療外来」ができた。これは慶應病院100年の歴史で初の鍼灸外来なの。
鍼灸外来を作ってもらえるって大変なことですよね。これは鳥海先生の功績ってことですか?
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
まあ、俺がすごいっていうのはあるけど(笑)。
内科学の神経だから良かったというのもあるかな。例えば、解剖学とか生理学の教室だと直営の外来がないからもっと難しかった。でも神経内科は診療科を持っているから、新規の外来をひとつ増やすことのハードルが低かったわけ。
なるほどなあ。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
外来を開いたらまわりの医者が患者さんを送ってくれてね。「鍼、けっこう需要あるじゃないか」とか言って、今年で10年目。2018年からは「慶應義塾大学医学部漢方医学センター鍼灸外来」という形態で運営している。
患者さんを送ってくれるのは、病院内の医師から鍼灸外来が期待されているってことですか?
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
それね、「期待されているから、大学病院の中に鍼灸外来が作られたんじゃないの」ってよく聞かれるけど、別に医師から期待なんてされてないと思う。だけど鍼灸の部署があるから、患者さんの希望があれば送ってやろうという感じじゃないかな。
それでも10年間、日々やってきたわけですね。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
うん、ずっと1人でいろいろ大変だった。2018年に外来が拡大して4人体制になったのは嬉しかったね。
その鍼灸師はどこから連れて来たんですか?
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
慶應の神経内科で学位を取った鍼灸師や、慶應SFC研究所の上席所員として一緒に研究してきた鍼灸師に、医学部の非常勤講師として外来を手伝ってもらっている。
慶應の神経内科で学位を取るというのは、どういう手続きを踏めばいいのか知りたいです。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
ちゃんとそれなりに事前準備はしてもらって、あとは普通に大学院を受験すればいい。
なんだか、狭き門っぽいですね。
でも大学病院の鍼灸外来で臨床してみたいって人はいるだろうし、こういうキャリアパスがあるのは知らなかったな。
ツルタ
ツルタ
ちなみに働きながら大学院に行くのは可能ですか?
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
大学院は自分の研究課題をやるだけだから、やる時間がないとそれだけ研究は進まないよね。
ちゃんと論文が完成しないと修了できないから、何年行けば終わりっていうもんじゃないことは理解したほうがいいかな。
うん、博士課程はそうですよね。
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
研究はやってみたら面白くて仕方なくて、着替えと風呂以外は大体キャンパス内にいた。結局、博士課程は飛び級の3年で終わらせたのよ。
へー、すごい。
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
俺は医師免許のない大学院生だから実験に集中できた。でもまわりの大学院生は医者だから、病棟で受け持ちの患者さんに何かあれば急に呼ばれて、やりかけの実験が流れちゃったりするの。
実験が途中で頓挫しちゃうのか。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
俺は病棟に呼ばれることはないし、外来もなかったから、みんなの実験を手伝ってあげた。そうすると、いろんな実験に絡めるわけで、手伝った研究の論文にも自分の名前が載るから業績も増える。だから掛け持ちで5個ぐらいやっていた。
業績はもちろんですけど、みなさん助かったでしょうね。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
うん、だから今も仲間は多いよ。

鍼灸への入り口は「物理療法」でいい

まわりの医師達に、どのように鍼灸をアピールしたんですか?
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
まずは鍼を体験してもらうことだね。言葉でいくら「鍼ってすごく面白い物理療法だよ」とか、「ワイヤーで突っつくだけで病気が治る」とか言っても、まわりの医者は馬鹿にしてくるから。
当直明けでヘロヘロの時に、立たせてふくらはぎ辺りに鍼を打つ。そうするとパタって倒れてすごい気持ち悪くなるのを「これが鍼の威力だ」とか言ってた。
それって…。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
そう、迷走神経反射だよね。
神経内科の医者も 0.2 mmのワイヤーをふくらはぎに刺しただけで、迷走神経反射が起きるのは知らなかった。
神経のお医者さんでも知らないんですね。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
鍼灸の理論には、現在の医学で全然明らかでない反応がたくさん含まれているの。だから研究する価値があるわけよ。
実際に受ければ、大体の医師は鍼灸のファンになるんだよね。だって身体にすぐ変化が現れるんだから、研究熱心な医師だったら絶対面白がるはずなのよ。
鍼を物理療法と言い切るのはすごいですね。例えば、気の話とかはしないのですか?
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
入り口は物理療法でいいと思う。鍼は刺し傷だし、お灸は火傷だし、あん摩は打ち身。これはもう厳然たる事実で、その小さい刺し傷とか、小さい火傷とか小さい打ち身を体にうまい具合に配置すると「気が流れる」と言われる状態へと導かれるわけでしょう。
古典に書かれていることは本当なんだけど、その背景になる科学的なペースっていうのは、まだわかっていない。そこが面白いところなんだよ。
その気の捉え方は興味深いです。NHK「東洋医学ホントのチカラ」で鳥海先生が話していた「こりMap」に通じそうですね。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
あの「こりMap」というのは、体表面を変えるだけで、いろんな病気が治るっていう仮説なの。
病気のせいでできるコリの地図というのがあって、たぶんそのコリが元の病気を増悪させる、あるいは元の病気の治癒を阻害する。それも相当すごい力で作用していると思うんだよね。
ふむふむ。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
例えば、胃が悪いと菱形筋がこるとする。胃が悪いせいでこった菱形筋を緩めると、今度は胃が治るんだよね。これが「こりMap」の仮説なの。ということは、胃が悪いせいでできた菱形筋のコリって胃が治るのを邪魔するすごく悪いやつということになる。
なるほどなぁ。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
ちなみにこりMapの正式名称は、「Conjugated Regional Inhomogeneity-Map」で、連結した局所の非均一性のことなんだけど…。
このまま「こりMap」についてしゃべると、あと2時間ぐらい話が終わらなくなりそう(笑)。
聞きたいけど、それはまずいので(笑)。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
「こりMap」は、別に特別なことを言っているわけじゃないの。患者さんが長年積み重ねた生活習慣や姿勢から、こりやトリガーポイントが形成されて、それに伴う筋膜(Fascia)の癒着や引きつれの組み合わせを表したものを「こりMap」と呼んでいるだけだから。
「こりMap」で、症状を悪化させている身体の癖を他の医療職とも共有できれば、こりを和らげる鍼灸の位置づけもより明確になりそうですね。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
俺は、東洋医学っていうのを研究の課題としてみんなに共有するのが大事だと思っていてね。
東洋医学を研究の課題として共有する?
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
鍼灸の価値の本体は、内科疾患に効くところにあると思うんだよね。鍼を運動器疾患とか痛みにだけに使うというのはすごくもったいない。
肩こりや腰痛に鍼が効くっていうのはかなりの医者も知っているんだけど、下痢とか便秘に効くとか、不眠とかメンタルの具合が悪いのに効くって言うと、「えー」ってなるわけ。これね、相当知られてないよ。
いろいろな疾患に鍼灸が効くことを医師に知ってもらって、研究の課題にしてもらおうってことですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
うん、そのために大学病院の中で鍼灸外来をやっている。
大学病院の中にも地域医療の中にも、いろんなところを回ったけどまだ具合が悪いという患者さんがいっぱいいるわけよ。満足いかないままグルグルグルグルしている。それをみんな鍼灸に送ってやればいい。
そうですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
慶應病院の中だと、送る側の医者が俺のことを知っているから、患者さんを鍼灸外来に送ってくれる。
でも、よく知らない鍼灸院が相手だと「患者さんを送って大丈夫かな」って思うじゃない。地域医療の中でクリニックと鍼灸院が信頼関係を作れたらいいんだろうね。
コツみたいなのはありますか?
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
やっぱり医者は鍼灸の機序をどうしても知りたくなる。それで「鍼はどうして効くの?」って聞いてくるから、そうしたらはっきりと「知らねー」って答えるのがいい。
えっ?
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
だって知らないでしょう?
俺は知らない。実際に2020年の地球上で、これが分かる人はいないの。解明されていないからね。
でも鍼灸の治療法は昔から伝承されているから、「治し方はわかる」と答えればいい。
それはそうですけど…。
ゆうすけ
ゆうすけ
鳥海先生
鳥海先生
鍼灸師が臨床上知っている知識というのは、医学的な一般知識にはなっていないものがたくさんあるんだよ。
これってすごい知的財産だから、それをもっと医者と一緒に研究しなきゃいけないの。
まだ鍼灸は解明されてないアピールの「知らねー」。
効果はあるのに、機序はわかんないから一緒に研究していこうよってお誘いですね。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
そういうこと。治し方や変え方は伝承されてるから知っているけど、なぜ効くのかはわかってないからね。
そこに活路があると考えて、あえて「知らねー」と言う。
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
ただ、知らないままじゃ、責任は果たしていないわけ。
2020年の鍼灸の担い手としては、ライフサイエンスと伝統の技術をドッキングさせるのが仕事だと思っているの。
今は、鍼灸師同士で研究していることが多いけど、整形外科疾患だったら整形外科の医師と、消化器内科の病気だったら消化器内科の医師と一緒に研究をする方がいいでしょ。
たしかにそうですけど、なぜ一緒にやれてないのでしょうか?
ツルタ
ツルタ
鳥海先生
鳥海先生
「エビデンスがないから専門の医者や科学者が参入してくれない」なんてよく聞くけど、逆だよね。「まだ誰も知らないんだから一緒に研究しよう」って言えばいい。鍼灸は可能性に満ちたフロンティアな領域なんだからさ。
この「知らねー」に、もっと医師を巻き込みたいとか、研究のスケールを大きくしたいという鳥海先生の野望みたいのを感じました。
ツルタ
ツルタ

NEXT:エビデンス作りのために「普通の業団」が必要

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