これからの「鍼灸」の話をしよう(後編)/鍼灸師:伊藤 和憲

【目次】
第一章 「鍼灸」が浸透しない本当の理由
第二章 「地方と企業」鍼灸の生かし方
第三章 これからの「鍼灸師」たちへ
第四章 これからの「鍼灸」の話をしよう

鍼灸業界の中で、順風満帆にキャリアを積んでいるようにみえた伊藤先生ですが、詳しくお話をうかがうと、実はたくさんの紆余曲折があったことがわかりました。
※ 前編の伊藤先生のキャリアについてはコチラ
これまで「研究」「臨床」「社会」と幅広いステージで活躍されてきた伊藤先生の目には、「今までの鍼灸」と「これからの鍼灸」がどのように映っているのでしょうか。
後編は、おもに「これからの鍼灸」の話をお聞きしました。

第一章 「鍼灸」が浸透しない本当の理由

ぜひ「今までの鍼灸」と「これからの鍼灸」について、伊藤先生の想うことを聞かせてください。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そうですね…。僕自身、ドクターもだめ、薬もだめとなった時に「鍼灸」に心を救われたわけです。
その意味でたしかに「鍼灸」に価値はあった。
だけど「鍼灸」とか「養生」って、社会にあまり浸透していないじゃないですか。
なんで浸透していかないのかな? という疑問がありまして。
よく問題になるテーマですね。
伊藤先生はどうお考えですか?
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
僕たちが鍼とお灸にこだわりすぎて職人になってしまったせいで、大局が見えなくなってしまったんじゃないかなと。
職人気質な、こだわりの強い先生が多いように思います。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
先生方は患者さんを治したいと想い、鍼を究める。
その結果「鍼で治さなければだめ」となってしまっている。
これがね、本当の意味で患者さんのためになっていないから、患者さんは反応しないんじゃないかなと思うんです。
厳しいですが、現状は大半の人に伝わっていないわけですもんね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
よく僕たちは「患者のため」と言うんですけど「患者のためってなんだ?」と考えるようになって。
これはつまり、陰陽みたいなもので。
「患者のため」と思いすぎて、自分のためになっちゃう。
目的の主体が入れ替わってしまっているということですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
僕自身、以前までは治すことが患者のためだって思ってきました。
でも治せない人もいるし、治せたからといって病気に悩む多くの患者さんのために、社会のためになっているのかというと…なっていないんじゃないかな。
今治療を受けてくれている、一部の人のためにはなっているかもしれないけどね。
受療率が数%という話もありますし…。
そういう意味では一部の方にしかお役に立てていないということになります。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
それはなぜかというと、社会の中での鍼灸の役割が、単なる治療するための「道具」になっちゃったからじゃないかなと思うんです。
たとえば線維筋痛症という病気を治す道具は山ほどある。
鍼灸はその中のひとつにしかすぎないわけです。
他の治療法と比べて、高いか安いかとか、気軽に受けられるとか受けられないとか、あやしいとかあやしくないとかの差だけで。
鍼灸が単なる治療するための「道具」…。
では、先生の考える「道具ではない鍼灸」がどんなイメージか、もう少し詳しく教えてください。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
たとえて言うならパソコンみたなものです。
パソコンにはベースとなる「OS」があって、その上で作業をする「道具」としての「ソフト」がありますよね。
はい、ここまではわかります。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
パソコンの中でいうと、僕らの鍼灸はWordやExcelみたいな「ソフト」、つまり「道具」なんです。
そして、日本の医療のベースとなる「OS」は「西洋医学」なわけです。
リハビリやお薬というのは「西洋医学」という「OS」で使われることを前提としたソフトなので、互換性が良いから常に使われている。
Microsof社製の「OS」がWindows。同社製のExcel、Wordは互換性が良くて、基本的に組み合わせて使用される前提になっている状況に似ているということですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
一方で僕らの鍼灸はWordとかExcelではない、先生は知っているかわからないけど一太郎※みたいなね…すごく品質は良いんだけど、Windows製ではない互換性が悪いソフトなの。
(※一太郎とはかつて流行したジャストシステム社の国産ワープロソフトである。Windowsへの対応の遅れなどから、徐々にシェアをWordに奪われていった)
懐かしい!!!
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
がんばってWindowsに入れてもらうんだけど、「OS」がバージョンアップするたびに互換性が合わなくなるから使えなくなっちゃって、だんだんだんだん市場が縮小していくという…。
西洋医学という「OS」に、僕らの鍼灸を「良いソフトだよ~」ってどうにか入れようとするんだけど、マニアにはすごくウケても、シェアは広がらないままという…(笑)。
わかりやすい!!!(笑)
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そしてね、「鍼灸は残るけど鍼灸師は残らない」と言われることがあるんですよ。聞いたことある?
それ、聞いたことあります。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
パソコンで言うと、最終的に一太郎というソフトは使われなくなったんですよ。
でもATOK※という、いわゆる互換ソフトは残ったんですよね。
(※ATOK…もともと一太郎に付属されていた日本語入力ソフト。変換機能が優秀で、なおかつスマートフォンなど様々なプラットフォームに対応してシェアを拡大している)
これと似てるなと思ってしまって。
鍼や灸という道具は残るんだけど、東洋医学という考え方に基づいて鍼灸を取り扱う人はいなくなるんじゃないかな。
だとしたら、これはやばいなと。

たしかに一太郎と同じ流れに乗ったら、私たちの存在は危ぶまれますね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そこで考えたんですが、パソコンの「OS」はWindowsが主流ですよね。
かたやMacという「OS」も存在して、一部の人に熱狂的に支持されているじゃないですか。
デザイナーさん、クリエイターさんはMacユーザーが多いイメージです。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
で、今の医療の世界は、西洋医学という「OS」は主流ではあるけど、全員にフィットしているわけじゃないんですよ。
だから、僕らは「鍼灸」というものを「道具」ではなく、「考え方」に変えて、「OS」にしたらどうかなって。
鍼灸が「医療界のMac」に!
スキカラ
スキカラ

伊藤先生
伊藤先生
西洋医学は病気からはじまる医学だから、病気がみつかったら検査をし、細かく分析していく「OS」。
でもこの「OS」では病気になる前はなにもできないわけ。
一方で、病気の前でも使えるのが、東洋医学でいう養生や、未病という考え方をベースにした「OS」なんですよ。
今はまだこの「OS」を使ってくれる人が少ないから、使ってくれる人たちのコミュニティを作っていかないといけない。
デザイナーの方がMacを選ぶように、東洋医学という「OS」を選ぶ人を増やして、コミュニティを育てていくということですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
さらにもうひとつ言えば、鍼灸は今「道具」として使われているわけですよね。
基本的に「道具」ってひとつの役割しかないんですよ。
病気を治す、もしくは健康にするという道具。
要するに「医療の道具」としての役割しかないんです。
今までの考え方ならそのあたりが鍼灸の守備範囲です。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
でも、道具という役割を超えて、養生という「OS」になれば、いろんな役割を考えられるかもしれない。
たとえば、養生をすることで田舎が活性化したら、そこに関係人口が増えて、過疎化が防げるかもしれない。
鍼灸を使って他の社会問題が解決できるかもしれない。
医療以外の価値を持たせるということですか。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そういうことです。僕はこのことについて、よく携帯電話を例にするんです。
携帯電話ってみんなは呼んでいるけど、今は電話としてあんまり使ってないですよね。
たしかに電話機能はあまり使ってません。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
携帯電話という名前ではあるけど、カメラやインターネットやゲームといった機能に対応しているから持っている人が多い。
でも、これらを主に販売しているのは、いまだに電話会社なんですよ。
ユーザーは電話機能を使わなくなったけれど、電話とは別のところで収益を得ている。
そうなると鍼灸も、「医療の道具」として収益を稼ぐ、またはそれだけを売りにする必要はないんじゃないかと。
伊藤先生が先ほどおっしゃっていた、鍼灸に治療以外の付加価値をつけるという考え方はユニークですね。
新しい鍼灸が生まれそうです。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
今までは厚労省が相手だったからエビデンス、つまり効果や裏付けが重要だったんですよ。
でも過疎化問題なら、重要なのはエビデンスではなくて「人口を何人増やせるのか」じゃないですか。
相手が総務省だったら人口動態ですよ。経産省だったら経済効果。
相手が変わると重要視される要素が変わってくるというのが最近わかってきて。
鍼灸という「医療のための道具」を、いわゆる「考え方」、つまり「OS」に変えた瞬間に、いろんな社会問題に対して、価値が提供できる。
でも、既存のものに新しい価値をくっつけるって、イメージしにくいというか、なかなか難しい感じがするんですが…。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
ほかの分野でたとえると、1番良い例が「いろはす」というミネラルウォーターなんだけど。
「いろはす」ですか? わたしもよく飲みます。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
「いろはす」は産地を言っていないんですよ。
さらにミネラルウォーターの中では後発品なんです。
でも発売後、ほかの商品を追い抜いて一気にシェアを獲得したんですよ。
なんでかと言うと「いろはす」のイメージってエコなんです。
昔の「いろはす」のCMで「収益は森林の再生に使われています」とか「ペットボトルの資源が云々」とか言っていたりして。
ペットボトルがつぶしやすいという内容のCMが発売当時ありましたね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
そうそう。水というシンプルな飲み物にエコという価値をくっつけたら、売れたわけじゃないですか。
水の産地や美味しさじゃなくてエコ。
なぜなら水を飲む人はエコに関心がある人が多いから、彼らに選ばれやすいんです。
逆にエコに関心がない人は、水なんて飲まない。僕みたいにコーラとかを飲む(笑)。
わたしもコーラは好きです(笑)。
親和性のある価値をくっつけるということですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
たとえば、医療保険を利用して受け取った薬を日常的に飲むということは、医療費が増えるということだから、結果的に国に借金を作る。
それは、将来子どもたちに借金を作るということですよね。
たしかに薬は使えば使うほど国の財政を圧迫してしまいます。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
もちろん、医療保険を利用して薬を飲んで、健康を維持しなければならない人たちもたくさんいるけれど、全員がそうじゃないというのが今の現状で。
そういう社会的な風潮を問題視している人が一定数いるわけです。
そういう価値観の人たちに「どうせ健康にお金を払うんだったら、鍼灸を使えばいいんじゃないか」と提案する。
そうすれば借金は増えないわけです。
たしかに、それは治療という「道具」以外の価値ですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
財政以外の面でも、田舎の自然を活用した治療を考えれば、過疎化問題の対策ができて、人々が健康的に美しくなったり、またスポーツの結果にもつながるとなれば、市場が活発になることで経済問題が解決したり、子どもたちの健康・教育問題を解決したりと、良い影響を与えられる…。
そういういろんな付加価値を鍼灸につけることができれば、使う人が増えるんじゃないかな。
鍼灸で社会貢献をおこなう…新しい形ですね。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
これをどんどん進めていったら国が変わるんじゃないかなと思っていて。
昔の人は「良い医療は国を変える※」と言ったわけですよ。
まだ形にはなっていないけど、国を変えられる医療という意味で、方向性は間違っていないんじゃないかな、と。
(※「上医は国をいやし、中医は人をいやし、下医は病をいやす」唐代の書物『千金方』の言葉)
鍼灸で国を変える。スケールの大きい話です。
スキカラ
スキカラ
伊藤先生
伊藤先生
1000年2000年というスケールでみれば、たしかに現代の医療技術はすごい思うよ。
以前は治せなかった病気が治っているんだから。
だけど、もし300年後とか、1000年後に医療の歴史を紐解いたら「西暦1950-2020年あたりの人間はなんてバカなことしているんだ。なんで病気になるのをわざわざ待って、病気になったら薬をばんばん投与して、薬で治らないから臓器を作ってみたいな、わけのわかんないことをこいつらはやってるんだ。そもそも病気にならない方がいいだろ」といったようなことを言われるんじゃないかなと思うんですよ。

NEXT:第二章 「地方と企業」鍼灸の生かし方

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