オレを拒絶するようなら滅びればいいと思う/鍼灸師:横山 奨

横山奨の夜明け前

横山先生
横山先生
鍼をやり始めて、まだ全然うまくいってない頃の話なんだけど。
卒後の話ね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
その当時、2人で狭い家に住んでいたのね。
で、夜中に嫁さんに「何やってるの?!」って、声をかけられたことがあって。
…なんと、オレ、寝ながら脈を取ってたの(笑)。
(笑)。
ウラベ&ツルタ
ウラベ&ツルタ
どうしちゃったのかな?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そのころ、本当に時間がなくって。
「あんたは、今後どうやっていくの?」って、理事長の奥さんに問い詰められていた時期で。
いろいろ考えないといけなかったんだけど、考える時間がほんとになかった。
朝は早かったし、夜しか考える時間がなかった。
夢に出るくらい思いつめていたってこと?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そうなのよ。
誰でもさ、夜に考えてたことの答えが、寝てるときにパッと思い浮かぶときがあるでしょ?
でも、朝起きると忘れているわけよ。寝ぼけているから。
オレはそれがすごい嫌で、枕元にメモを置いて寝て「あっ!」って浮かんだ瞬間に書いてさ。
(笑)。
ウラベ&ツルタ
ウラベ&ツルタ
横山先生
横山先生
でも、とにかく書いただけだから、朝起きたときに「あれ? 何これ?」ってなることもあるんだけど(笑)。
めっちゃ、努力してるじゃない(笑)。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そうだよ(笑)。
でも、このやり方を話してたら、ある人から「それ松下幸之助さんと一緒だよ」って教えてもらってさ。
えー!それはすごい。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
「オレ、このやり方、間違ってなかったんだ!」って(笑)。
昭和の偉人と同じことを、気付かないうちにやってた、と。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
それくらい追い込まれてたんだよね。
その時に降ってきたものが、脈診なんだ。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
藤本 蓮風(ふじもと れんぷう)先生が自分のことを「鍼狂人」って呼ぶけど、おれもわりと「鍼狂人」に近いってそのとき思ったよね。
ある意味そうかもしれないね(笑)。
寝ぼけて脈診をするくらいだから、当時も技術的な練習をかなりしてたの?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そうだね。
あんまり人前で話したことはないけど…、学生の時は、相当練習してた。
おー。
ツルタ
ツルタ
そこを詳しく聞きたいです。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
アイムのスタッフや、「鍼の技術を教えてほしい」ってきてくれる人にも言ってるんだけど。
銀鍼の鍼柄だけを、両方のポケットにずっと入れてて、電車移動とかの時に、ずっと旋撚の動きをしてたのよ。
旋撚の練習? 鍼を半回転ずつさせて、ずっとクリクリするやつね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
うん。その動きをしていると、もぐさをよる練習にもなるし、まあ手先が器用になるわけよ。
うんうん。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
それをひたすらやれって、当時の東洋鍼灸専門学校のクレイジーな先生方に教えてもらって。
素晴らしい先生方だね(笑)。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そして、自分のふとももの軽擦を毎日2000回やれと。
2000回?!
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
やれっていうから。
それでうまくなるんならやろうと思って。ずーっとさすったり、散鍼の練習したり。
授業中とかね。ずっとやってた。
いつも手先の練習をしてたってことか。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
だって人を診るって、診る相手がいないとできないじゃん。
でも学生時代はほんとうに時間なかったから、学生同士の練習やサークルに行くことができなかった。
だから、自分ひとりだけでできる基礎練習を、延々とやったってわけ。
畳が擦り切れるまで、素振りをし続けるような…。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
そういう学生だったから、鍼灸師になってからは、人を診る数が大事だな、と思ってね。
学生の時に人を診る機会が少なかったからこそ、実際に人を診る数が大切だって思ったんだね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
開業後は、とにかく治療に来ていただけるようにしようと思って。
スキル的に、やり始めてすぐには、うまく治らないことも多いじゃない。
それでも、まずは来てもらわないといけないでしょ。
卒後すぐだと、うまく治らない理由ってなんだろ?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
鍼灸師になりたての時って、ケースステディがないじゃん。
こうゆうときはこうするってものが。
人から聞いたHow toって、そっくり真似してもできないことってあるでしょ。
オレは最初はかたくなに、毫鍼の接触鍼だけやってたんだけど。
いろんな先生から聞いた情報を真似してやっても、やっぱりできないわけよ。
それで、「オレのやってる接触鍼とは違った方法論なんだな」と思ったの。
診方も違うし、鍼も違うし、治療院という箱も、患者層も、手も、オレとその人は違う。
ミスマッチなんだなって、治療を重ねていくうちに気付いて。
聞いたとおりにやってるのに、治らない人が多かったことについては、当時はどう考えてた?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
正直「やっぱりな」って思った。
???(…やっぱりな?)
ウラベ
ウラベ

横山奨がスピードスケートから学んだこと

横山先生
横山先生
オレは、7歳のときにスピードスケートを始めたんだけどさ。
上手い人のフォームを真似たところで、自分の中に落とし込めない、という経験をしてるのよ。
具体的に聞いていい?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
高校生の時、監督に「おまえは誰かの後ろにつけば、その人と同じ滑りになる」と言われていたのよ。
真似をするのが上手かったってこと?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そう。でも「真似するのは上手いんだけど、レースの時にいつもぶれている」「お前の滑りがない」「軸がない」という意味でね。
なかなか核心をついた痛烈な言葉ね…。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
監督にそう言われても、自分ではどうすればいいのかわからなかった。
だけど、わからないなりに「自分の型を作らなくっちゃ」と思ってさ。
高校生の時からずっと自分の型作りの練習をやってきたのよ。
誰かの真似から脱却したくて、ずっと自分の型を探していたんだ。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
でも、それが原因で大学生の時に怪我をするわけよ。
どんな怪我だったの?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
そうね…怪我っていうか、足が運動神経障害になったの。
歌手が歌うときに声が出なくなる、ピアニストがピアノを弾くときだけ弾けなくなる、みたいな障害。
野球で言うイップス、局所性のジストニアと呼ばれているもの。
スケート選手のジストニアは選手生命の危機につながるものだよね?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
うん。スケートの動きの形を取ったときに、左足の動きが悪くなる症状だったんだけど。
あとで考えると、自分の型を作ろうとしすぎて、無理していたんだなって。
もっと自由で良かったんだって思った。
その症状はある日、急に出てきたの?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
徐々に出てきた。
でも症状が出ていることに気が付かなかった。「なんかおかしいな」程度に思っていて。
少しずつ出てきたから、気付くのに時間がかかったのかな…。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
症状が出たのは大学2年生だったんだけど、当時のキャプテンがすごい練習をする人だったのね。
オレも一緒にすごい練習してね。
「今年のオレはいい成績を出せるかも」と思っていた時だった。
10月に氷に上がった瞬間に「あれ? なんか違う」と感じた。
左足が力はいらないし、ぶれてうまく着氷できないわけよ。
これはダメだと思って、1年間リハビリをすることに決めた。もう実質引退だよね。
日大のスケート部って「部活がすべて」みたいな大学生活だよね? 大丈夫だったの?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
もう、大学を辞めようと思ったね。
オレのスケートのレベルだったら、そこで辞めたって、大学にも誰にも迷惑がかかるわけでもなかったんだけど。
7歳からスケートしかしてこなかったオレにとっては、すごい一大事だったんだよね。
それは精神的にもキツかっただろうね…。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
ずーっとスケートしかやってこなくて、今年は調子がいいかもしれないと思っていた矢先だった。
13年も、本気でやってきた結果が、成績ではなくて怪我だった。
ほんと、どうしたらいいかわかんなくて。1か月くらい悩んだかな。
怪我といっても神経の障害は外傷と違って、外から見て明らかにわかるものじゃないもんね…。
よけい悩むよね。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
そうしたら母親に「もう、なっちゃったもんはしようがないんだから。リハビリしてみたら?」と言われて。
スケートの世界には、同じような症状で苦しんでる選手がいたけど、良くなった人はそんなにいなかった。
痛くはなかったんだよね?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
でも、自分の脚がうまく動かないんだよ? いやなもんなんだよ。
それで監督に「チームの練習に参加せずに個人でリハビリをしていいですか?」って聞いたら、「いいよ」って。
よかった。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
監督もチームも理解をしてくれて、自由にリハビリをやらせてもらえたんだよね。
結果的に、それで復帰できたわけよ。
その時の経験で「真似して上手くできても、自分の型になるとは限らない」とわかったの。
最初は上手くいっていたとしても、だんだんミスマッチになることがある。
だから、常に自分にマッチするように、型を変化させていく必要があると思った。
…それで、鍼灸をやりはじめて、スケートの時と同じようなことが起こって、「やっぱりな」と思って。
なるほど。その経験を経ての「やっぱりな」か…。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
鍼灸の学会や勉強会で、上手な先生が「こういうときには、こういうことをしろ」って教えてくれるじゃん?
それで効くこともある。
でも、How toやノウハウだけを教えられても上手くいかなかったり、ミスマッチなこともある。
ちなみに自分の型はどうやって作ったらいいと思う?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
オレは、自分の「できること」を選ぶ必要があると思ってる。
好きなこととか、自分に合うものでなくね、「できること」を選ぶ。
自分が「これならできる」と思えるものが、一番いいと思っている。
そこに好みを入れる必要性はそんなにない。
できないことをできるようにするって大事だとは思うけど、できることをもっとできるようにした方が圧倒的に早い。
「できること」ね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
できないことをするとしても「できることを、さらにできるようにするために、できないことをする」みたいなアプローチなら良いと思う。
まず、できることのクオリティーを高めることを目指すの。
それは医療法人の理事長と奥さんに教えてもらったの。2人と関わるうちに形成していったもの。
どうしても「できないこと」をやらないといけないときは?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
そういうときは、なんとか「できること」をアレンジして解決できないかを考える。
その「できること」と、どう出会ったの?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
もう経験だよね。やってみて、できたこと。
いろいろやったの?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
学生時代に出会ったものについては、基本的には全部やってみた。
まずやってみないと「できる」か「できない」かわからないし。
そういえば、横山先生はたくさんの伝統系の流派の勉強会に出席しているよね。
基本に、その全部やってみる精神があるからかな?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
そうかもしれない。
いろいろとやってると「どれかひとつに絞って、そのクオリティーを上げたほうがいいんじゃないか」と、オレにご指導くださる人もいらっしゃるんだけど。
大切にしたいベースは、「オレができる鍼灸の臨床方法」なの。
だから、学会や勉強会で新しく得られることって、オレにとっては全部同じぐらいの優先度なんだよね。
その日、その時、その環境で、オレがどれを選ぶか。毎回それが変わるだけと思ってる。
徹底して「できること」を大切にしてるね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
個人的なことを言うと、スケートというマイナーな競技から、鍼灸というさらにマイナーなモノに移ってしまった自分がすごく嫌なわけよ。
メジャーなものに行きたかったのに。野球とかさ。
鍼灸を選んどいて、メジャー志向もあるんだ(笑)。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
ほんとはマイナーなのは嫌なの(笑)。
(笑)。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
スケートはマイナーだけど、それでもオリンピックに出られたら…という想いが、オレの根底にあったのよ。
オレぐらいのスケートの成績で、こんなことを言ったらスケートの人には笑われるけど…、オレは本当にオリンピックに出たかった。
あぁ、それは大きな夢だね…。
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
でも、当時は自分のレベルじゃ「オリンピックに出たい」なんて言えないなと思っていたの。
その言えなかった自分のことを、鍼灸師になってから嫌だなぁと思うようになって、今はちゃんと言うようになった。
自分の夢や目標を宣言するようになったのね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
オレはスケートから鍼灸に転換したわけじゃなくて、鍼灸をスケートの延長線でやっているのよ。
むしろ、スケートの代わりに鍼灸やっている感じ。
鍼灸はマイナーな業界かもしれないけど、その中でオリンピックに出れるくらいの人間になりたい。
鍼灸は、スケートよりも倍率が低いんじゃない?(笑)
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
それはある(笑)。
マイナーだと、ライバルは少ないもんね。
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
うん。正直、オリンピックに出やすいなと思ってる。
でも、オレは、自分自身が何やってるかよくわかってないんだよ。治療してても。
とにかくやってる?
ツルタ
ツルタ
横山先生
横山先生
そう、できることをやっているだけだから。
それが何を意味しているのか、世の中からみたらどうなのか。
どういうことか知りたいなと思ってる。
それは、表舞台に出ないとわからないことかもね。
ツルタ
ツルタ
今度トルコで講演するんだよね?
ウラベ
ウラベ
横山先生
横山先生
うん、世界鍼灸学会ね。あれはオレのなかで、オリンピックに出るような気持ち。
海外の学会で講演する鍼灸師は、なかなかいないからさ。

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