もっと海外に目を向けたらいいんじゃない?/鍼灸師:水谷 潤治

『NAJOM』を発刊して鍼灸の情報発信を

先生は編集者としての顔もお持ちで、『NAJOM(北米東洋医学誌)』で日本の鍼灸を世界に発信されていますが、発行に携わるようになったきっかけは何だったのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
1992年にバンクーバーに移って、2年後に『NAJOM』の第1号を発行しました。きっかけは、バンクーバーに引っ越す前に、首藤傳明(しゅどう でんめい)先生がボストンで講習会を開いたので、そこに参加してみたんですよ。
それまで経絡治療に触れる機会は…。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
もちろん、そのときが初めてです。9年間、我流で鍼灸をやってきましたから。
当然、講習会を受けても何をやっているか全くわからない。翌年にまた首藤先生が、今度はニューヨークで教えてくれるというから、そこにも参加しました。そのときに首藤先生に、勉強法を相談してみたんですよ。
海外でどうやって勉強していくか、模索したわけですね。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
そのときに「雑誌でも作ろうか」という話になったんです。書いたものでも読めば少しはアイデアがでるんじゃないかなって。首藤先生が雑誌のタイトルを書いてくれて、その次の年に発行しました。
自分たちの勉強の場を作ろうっていう目的だったんですね。ところで『NAJOM』って、何か国くらいの人に読まれているんですか。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
ほとんどカナダ、アメリカですね。第1号は読者が34人で、それから少しずつ増えていきまして、今は400名以上。だいたい26ヶ国に広まっています。年3回、これを発行しています。
先生自身も講習会を開かれているんですね。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
雑誌を発行して5年くらいしたときに、『NAJOM』の仲間から「お灸を教えに来てくれないか」という依頼を受けて、毎年ニューヨークに行くようになりました。そしたらボストンにも広まって、アメリカにはずいぶんと広まりました。私の竹筒を使って教えるやり方がウケたみたいですね。安全ですから。
アメリカ以外の国にも行かれましたか。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
オーストラリア、ドイツ、スペイン、スイス、ポルトガル、イギリス、クロアチア、ブラジル、ニカラグアなんかにも教えに行きました。みんな今、竹筒で紫雲膏を使ってお灸をやっていますね。
ところで、イギリスのチャリティ団体「モクサアフリカ」 のスタートにも関わったと聞きました。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
モクサアフリカを作ったマーリン・ヤングさんが『NAJOM』を読んでくれていて。僕が書いた「お灸で結核を治せる」っていう話に興味を持ったそうです。それで彼が電話してきたのが始まりです。ベルリンに行った時に3人くらいで習いにも来ましたね。そこで実際のお灸を覚えていって、翌年からウガンダに行ってお灸の研究が始まったんです。
ウガンダではどのような取り組みをおこなったのでしょうか。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
ウガンダの病院で、結核患者にお灸をする取り組みをスタートしたんです。最初は看護師にお灸を教えて、それで看護師が患者さんに三里の灸を教えてやってもらうということをしていたら、ずいぶんと良い結果が出ました。
すごい。実際に良い結果が出たんですね。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
それで、モクサアフリカがウガンダの大学にお金を出して本格的な研究が始まったんです。するとやっぱり良い結果が出たので、その結果を『NAJOM』で発表してもらいました。『NAJOM』がきっかけで随分お灸が広まりましたね。
まだまだ広がる可能性はいかがですか。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
お灸はモグサと線香だけあれば実施できるので、貧しい国ではすごく助かるんですよ。もっと広めたいなと思っているところです。
医療の設備とかが整わないところで、自然治癒力を高めることができるお灸が受け入れられたっていう感じですか。
ツルタ
ツルタ
水谷先生
水谷先生
やっぱりローコストなのは大きいですね。お灸をすえているとわかると思うけど、病気が少なくて、病気になってもすぐ治るし、長生きも多いです。
なるほど、そういわれると、世界中で関心を持たれるのも納得です。むしろ、日本国内で再注目されていないのが不思議なくらいですね……。
ツルタ
ツルタ

海外に目を向けると面白い

世界の人たちは、日本の鍼灸のどんなところに魅力を感じているのでしょうか。
ゆうすけ
ゆうすけ
水谷先生
水谷先生
日本人の治療は「優しい」「気持ちいい」と思うようです。そして最初から「ここが悪い」って決めて治療をするわけではなくて、細かいところを診ていく。そうして核心に迫っていって、上手く調節して治しちゃおうっていう感じですよね。
先生はその技術を海外にいながら習得されたということですよね。どんなところを心がけていましたか。
ゆうすけ
ゆうすけ
水谷先生
水谷先生
特定の先生に習うと、大体、その先生のコピーをやっちゃうんですね。最初10年ぐらいコピーしていて、そこから自分のやり方を作る人はいいけど、一生コピーで終わっちゃったら、その先生より上にはいけないよね。だから僕はいろんな先生に付き合ってもらったんです。
師匠がいなくても、そうやっていろんな先生のところを見に行って勉強して、ある種そういうのが師匠の代わりになっているっていう。
ゆうすけ
ゆうすけ
水谷先生
水谷先生
私は全然ノートとか取らないから、じっと見ているんですね。「どんな指をしているんだとか」「どんなふうに動いているんだろう」とかを見るんです。それをまたやってみる。それで覚えていく。
徹底して反復するわけですね。
ゆうすけ
ゆうすけ
水谷先生
水谷先生
首藤先生には10回ぐらい見せてもらったんだけど、見る度に先生の方がさらに先に行っているわけですよね。またやられたって。これ大変だなっていう感じ。やっぱりできる先生は、どんどん先に進んでますよね。
自分たちの勉強のために『NAJOM』を作って、本当にいろんなことが発展していったんですよね。水谷先生から見て、海外で鍼灸師としてはたらく魅力ってどんなところだと思いますか。
ゆうすけ
ゆうすけ
水谷先生
水谷先生
ひとくくりにしちゃいけないのかもしれないけれど、日本人よりも合理的で大胆な部分が、外国人のほうがあるんじゃないかな。鍼灸にしても「良いものは良い」とシンプルに効果を感じて、海外だと、いろんな患者さんがきます。カナダでは、がん患者でも鍼灸にどんどん来ますから。
なるほど。では医療連携という面はいかがですか。
ゆうすけ
ゆうすけ
水谷先生
水谷先生
正当に医療チームの中に受け入れられている感覚があります。そういう部分は面白いと思うんですね。若い人たち、これから鍼灸師として活躍する人たちには、「もっと海外に目を向けたらいいんじゃない?」っていうことを伝えたいです。

NAJOM(北米東洋医学誌)

取材協力:三景

【記事担当】
取材 = ゆうすけタキザワツルタ
撮影 = ツルタ
文   = なるみさわ
編集  くちやまだ

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